アットアワードラマクラブ 第二幕

第二幕
 第一場

 三年生が去って新三年生との仲に悩んだ。
 新三年生は人数が少ないこともあって俺たちの間でも積極的に協力していこうと話し合っていた。
 だけど突然一部の先輩たちの俺たちへの当たりがきつくなった。ちょっとした頼み事さえ普通にできない。攻撃的だった。
 新入生のための部活紹介の話し合いを進めたいのに妙な空気になっていた。部長になった先輩の態度は変わっていないことが幸いだ。だけど俺らの味方というわけでもない。中立だった。
 俺は先輩たち一人一人の関係を詳しくわかってないけどバラバラだったように思う。部活を休む人も増えて部全体のモチベーションが上がらない。一年の時には気づかなかった。こんな人たちだったなんて。



 第二場

 ある日、事件が起きたらしい。進藤さんが二年を音楽科の空き教室に集めた。
 部活紹介は講堂で行われる。新入生の入部を必要としていない部は参加しなくてもいい。参加する場合は専用の届出が必要なのだと進藤さんは言った。それが提出期限日までに出されていなかったらしいのだ。信じられない。
「今年は部活紹介できないってこと?」
「まだわからない。部長が事情を話しに行ってくれたみたいなんだけど」
「事情?」
「部長は用紙の提出を副部長に頼んだんですって。それで副部長は生徒会室へ行ったけど誰もいなかったからホワイトボードに磁石で留めて帰ってきた。用紙はただ出すだけじゃなくて生徒会の判がその場で必要だったのに。未提出扱いよ。部活紹介の参加の部には数えられていない。おまけに用紙は行方不明」
「はぇ~~~……」
「本当に出したのかしらね」
 進藤さんの話に俺たちは静かに驚いた。ここまでいい加減だとは思わなかった。なんとかできないのかな。
「それでね、私がみんなを呼んだのは部活紹介のこととは違うのだけど」
「何?」
「私、学年の副リーダーも必要なんじゃないかと思うの。一年の時は特に問題なかったけど何が起こるかわからないでしょ? 私が突然体調不良になってみんなに連絡事項を伝えられなかったり。そういうことをなくしたい」
 先輩たちを見てそう考えたのだろうか。みんなも納得したと思う。それにこれからも全て進藤さんに任せるのも悪いだろう。補佐役が必要だ。だけど立候補する人はいなかった。
「私が音楽科だから他の科の人にやってもらいたい。できるだけ偏らないように」
「じゃあ! はーい! 誰もやらないなら私がやろっかな!」
 役者チームの普通科の海老原が名乗り上げた。しかし周りは即反対した。
「遅刻魔の再試常連が何言ってるんだ」
「こいつ提出物出さないよ!」
「絶対やらせちゃ駄目でしょ」
「事実が次々と述べられる~……」
 本人も諦めた。
「やろうと思ってくれてありがとう」
 進藤さんが落ち込む海老原に微笑んだ。そしてぐるりと部員たちを見渡す。俺と目が合った。そのまま再び微笑む。
「里中くん、どうかな?」
「俺すか」
「勉強の邪魔にはならないと思う。私も頑張るし」
 正直あまりやる気はない。部活はおもしろいけど貢献するより楽な位置で自分のことを一番にしたかった。
「いいんじゃない?」
「そうだよ! 里中ってそこそこ頭いいもんね」
「意外ときちんとしてるよね」
「まぁね。でも俺以外でも勉強できる人いるでしょう」
「……」
「……」
「……」
「噓でしょ? みんな馬鹿なの?」
 部活を優先してる場合じゃないだろ。こんな時だけ俺の真面目な一面を評価されても。これって押し付けられてるのかな。困った。
「里ちゃん、僕も手伝う~」
 隣にいる清水がへらへら言う。じゃあお前がやってくれよ。こいつも再試の常連か。
「どう……? どうしても無理ならくじ引きでも……」
 清水さんが俺を見る。いつもみんなを導く彼女が俺に頼み事してるのが気の毒に思えた。
「……ん~、うん。やってみよっかな」
「ありがとう! あぁ、良かった。よろしくね」
「いえー! 里中副リーダー!」
 拍手がぱちぱち鳴った。もっと大きくないと嫌だ。

 部活紹介は部長が頼んでねじ込んでもらえた。紹介時間はそんなにもらえないけど準備が全部無駄にならなくて良かった。
 だけど部長と副部長との間でわだかまりがあるようであまり気持ちのいいスタートは切れなかった。
 俺は二年の学年副リーダーとしてできることがないか考えていた。万が一のための新しい役職だ。何もしなくていいのかもしれないけど自分たちと三年のことばかり考えてちゃ駄目だ。
 だから新入生に積極的に話しかけるようにした。上級生が醸し出す最悪の空気を換気しなくてはいけない。
「両親の喧嘩に下の子たちを巻き込まないよう気を回す長男になった気分だね」
 言い得て妙なことを言ったのは清水だ。この役割は俺だけじゃない。清水や他の二年も人見知りしないタイプが多いこともあって一年に親し気に絡んだ。海老原なんか特にうざがられそうなくらい構ったかもしれない。迷惑だったかも。それでもせっかく演劇部に入ってくれたんだ。入部して良かったと思ってほしかった。一年の俺みたいに。



 第三場

 結局、この年は部長と二年の学年リーダーの進藤さんがいることでどうにかなったように思う。ただでさえ人数のいない三年生は文化祭までに少しずつ辞めていった。
 文化祭当日に飛んだ人もいた。メインキャストでかなり台詞のある重要な役だった。部は大混乱だ。代役を用意しておくべきだった。そんな余裕はなかったけどそう後悔するしかなかった。
 結局、出番が被っておらず、台詞を大まかに覚えていた清水が急遽役を兼ねて事なきを得た。清水も焦っていたようだけど最後まで立派にやってくれた。俺はもう清水には敵わないのだと心底知らされた。
 来なかった先輩は稽古にもちゃんと参加する真面目な人だった。突然の裏切りに怒っていた部員もいたけど、俺は怒りより心配だった。心配するだけ。あんなに一生懸命頑張っていたのにどうして来なかったのか。
 話し合うことは誰もできなかった。もしかしたら先生には事情を話したのかもしれない。それを先生に尋ねてもきっと教えてくれないだろう。学校まで辞めるなんて思いもしなかった。
 文化祭の二日間は大雨だった。台風の季節になる度にその先輩のことを思い出すんじゃないかと思う。

 パンフレットが予定日時に届かないなんてこともあった。
 俺は印刷所のせいかと思っていたけど、進藤さんの話によると担当した先輩が締め切りを守れなかったらしい。二年生の二人が手伝いを申し出て一緒に作業していたがどういうわけか入稿が遅れた。
 二人は先輩から言われたことしかやっておらず詳細はわかっていない。それでも責任を感じて今にも泣きだしそうだった。かわいそうに。俺が先輩だったらこんなこと起こさなかった。
 職員室のコピー機を借りて印刷しようという話も出たけど、ギリギリで雨の中パンフレットは学校に届いた。あまり部員に干渉しない先生も呆れていた。

 三年とは会話ができなかった。何か言いたいような物言いをしてくるくせに話してくれと言っても本音は言わない。先生にも相談したが解決には繋がらない。「話し合いましょう」だなんて話そうとしない人に向かって言っても無駄だった。
 先生に告げ口したことも面白くなかったのだろう。副部長とその周囲の先輩たちはずっと俺たち二年が気に食わないようだった。部長たちもどちらかに肩を持つことをしない。それはそれで良かったのかもしれない。

 じきに一年生も二年生になる。途中で二人が退部したけど、残った子たちは俺らのアットホーム作戦にも慣れたようでかなり気軽に話してくれるようになった。
 俺や清水みたいな先輩だけなら舐められたかもしれないけど進藤さんがいる。そうはさせない。何度も矢面に立ってくれた。彼女は三年に怯みもせず二年も一年も引っ張った。

 念のため、去年の一年生公演のことを一年生に話した。三年生へ感謝の気持ちを込めた一年生だけの劇。やってもやらなくてもいい。任せる。わからないことがあったら二年はいつでも相談に乗る。そう伝えた。
 一年生たちは公演を決めた。時々俺たちにアドバイスを求めたりして精一杯に頑張った。去年の俺たちもあんなだったのかな。
 舞台は成功した。良かった。大きな拍手を送らずにはいられない。
「三年生の先輩方、今までありがとうございました! 二年生の先輩方、ご協力ありがとうございます! これからもどうぞよろしくお願いします!」
 一年の学年リーダーはカーテンコールをこう締めた。これを三年生がどう受け取ったかはわからない。



 第四場

 三年生が引退した時点で進藤さんが部長、俺は副部長になった。始めから三年の秋まで部活を続けるつもりではあったけど副部長になるとは想像もしなかった。やはり進藤さんが中心となって動くので俺のすることはとても少ない。
「進藤さんは音楽の大学受けるんだよね?」
「そうだよ」
「偉すぎる」
「里中くんだって受験勉強してるんでしょ?」
「そうだけど……」
「偉いよ」
 さらさらと部活動日誌を書きながら進藤さんは肩につきそうな切りそろえられた髪を耳にかけた。
 部誌はほどんど進藤さんと俺が交代で書く。たまに他の二年にも頼む。今ここで漫画を読んでいる清水にも書いてもらったことがある。ふにゃふにゃの字だけど内容はしっかりしていた。
「さてと。部誌書けた。私はもう帰ろうと思うけど二人はまだ部室に残る?」
 進藤さんが意味もなく残っている俺と清水に言った。
「俺らも帰るか」
「帰ろ~」
「じゃあ鍵閉めちゃうね」
 部誌と鍵をもって進藤さんは職員室へ行った。俺たちは帰った。

 学校から駅までのいつもの道をとぼとぼ歩く。
「清水は大学行っても演劇やるの?」
「え~? 里ちゃんもそこまで考えてるの?」
「だって一年後には大学行ってるわけじゃん。大学生になったら何やりたい~こうしたい~って考えない?」
「わからない。先のこと考えられない。頭がぎゃあってなる」
「ぎゃあ?」
「今はやりたい部活とやりたくない勉強を頑張ろうって思ってるだけ!」
「そっかぁ」
「彼女は欲しい」
「そうね」
 清水は今を生きる男だ。ちょっと心配だけど目の前のことをとにかく一生懸命やるのがこいつに合ってるのだろう。
 進藤さんは難しそうな音楽大学の受験に勤しんでいて目標が遠く高い。俺は二人の中間だろうか。昔からそれなりに器用で常に現段階の自分よりちょっと上を目指してる。
 でも今はやることが多すぎて気が滅入っている。せっかく俺たちの代がやっと来たのにもう疲れてる。覚悟が足りてなかったのかな。
 こういう時はやらなくてもいいことをして気分を変える。頭の中で久々に『外郎売』を唱えた。俺にとって不思議な呪文だ。今でも清水みたいに上手く言えないけど、頭も体も気持ちも切り替えられる魔法の言葉になっていた。