突然春は跳ねる #02
桜の花が満開に咲く中、新入生とその保護者でお屋敷みたいな立派な校門の周囲はごった返している。私は人にぶつからないように校舎に続く桜並木を歩いていた。
あと数十分で入学式が始まる。まるで実感がない。中学の卒業式だってまだ残っている気がする。高校生。しっくりこない気持ちのまま桜の道を抜ける時だった。
「イワイさん‼」
雑踏から私を呼ぶ声が飛んできた。驚いて振り返ると女の子が倒れてくる。
「え⁉」
「わあ‼」
思わず受け止めた。自分の反射神経にびっくりだ。巻き添えを食らって倒れなくて良かった。新品の制服を入学式前に汚したくない。
「……大丈夫?」
「ごめん! こけちゃった! 助けてくれてありがとう!」
「えっと」
名前が思い出せない。同じ高校に進むって言ってた同じ中学の子。今日もきれいに髪の毛を二つに結んでいる。紺色のクロスタイを付けていた。新一年生の、美術科だ。
「イワイさん! もう教室に行くの?」
「そのつもり」
「写真撮らない? おうちの人は一緒?」
「いや、両親忙しくて入学式来れないんだ」
「そうなの⁉ あたしも! だからね──あ! 二人とも! こっちこっち!」
人混みからスーツの男の人たちが慌ててこちらへやってきた。人の年齢ってよくわからない。両方とも二十から三十歳くらいに見える。
「お前なんで先に行っちゃうんだよ!」
「高校生になってまで迷子か」
「ごめん~! 知ってる子、発見したから! この子! 同じ中学のイワイさん! 体育科です!」
勝手に紹介された。一応、会釈した。私はこの子のこと全然知らないけどこの子にとって私は知ってる子なんだ。
「イワイさんも写真撮りませんか?」
「ほら、あっちの桜! 人少ないし二人並んで!」
「はーい!」
三人の勢いに飲まれて少し奥まったところに立っている桜の木の前まで来た。
「もうちょいイワイさんこっちに寄って! そう! ぴったり! 位置最高! 撮るよー!」
ちらっと横を見ると女の子がピースをしていたので私も真似して写真を撮ってもらった。
「それじゃあ二人とも入学式頑張って! ちゃんと起きてるんだよ!」
「イワイさん、この子のことよろしくね!」
男の人たちは保護者待機所へ向かっていった。
「あの人たち、お兄さん?」
「叔父さんだよ。一人がお母さんの弟で、もう一人がお父さんの弟。今日はお仕事ない日だから来てくれたんだ~」
「そうなんだ……」
仲がいいんだな。うちは親戚が遠くに住んでるから滅多に交流がない。それこそほとんど知らない人だ。
この学校には体育科と美術科、音楽科、普通科があって校舎はそれぞれ分かれてるけど渡り廊下で繋がっている。
「じゃあ、私はこっちなんで」
「イワイさん!」
体育科の校舎に向かおうとするとこの子はまた私を呼んだ。
「入学おめでとう!」
「え?」
その瞬間、風がぶわっと吹いた。すぐに目をつぶったけど自分のスカートと彼女の二つ結びの髪が大きく揺れたのがわかった。風は一、二秒で納まった。
目を開けると女の子は髪を抑えて笑っている。その顔を見てなぜだか胸がすっとした。中学を卒業する前にみんなでやった教室の大掃除を思い出す。隅に溜まった細かい埃を掃き出したような気持ちになった。
「はぁ。びっくりしたね! ふぅ……」女の子は小さな深呼吸をした。「本当はね、卒業式の日にも卒業おめでとうって言いたかったんだ。でも一組の子がイワイさんはすぐ帰っちゃったって言ってて」
「そっか……えっと……」
このままごまかそうと思ったけどやめた。
「ごめんね。何さんだっけ? 人の名前覚えるの苦手で……」
「あたしは長山! ロングマウンテン! 永遠じゃなくて長野県のナガ!」
覚えてないの? って言われるかと思った。長山、長山、長山……。
「長山さんも入学おめでとう」
「わー! ありがとう!」
長山さんは嬉しそうに笑っている。
「イワイさん、これから部活とかで忙しいと思うけど予定が合ったら一緒に帰ろうよ! 最寄り駅同じだし寄り道とかしたいです!」
「……うん」
私がそう答えるとブンブン手を振りながら長山さんは美術科の校舎へ歩いて行った。前を向いた方がいい。また転んじゃいそうだって思ったけど言えなかった。