突然春は跳ねる #03

 入学して二週間と少しが経って高校生活のリズムが掴めてきた。クラスメイトとも先生とも先輩とも今のところは上手くやっている。勉強だけ早速不安。
 毎週水曜日は必ず部活が休みの日。今日もさっさと帰ろうと教室を出た。
 階段で一枚の大きなダンボールを抱えてもたもた歩く人を追い抜く。ダンボールの板から見覚えのあるツインテールがちらりと見えてつい声をかけてしまった。
「……長山さん?」
「へ? あ! イワイさん! 偶然だねぇ!」
「何してるの?」
 美術科が体育科の校舎に来ることがあるんだ。しかもダンボールなんか持って。
「これ取りに来たの。アクション部は部室ないから体育科の倉庫に置いてもらってて」
「アクション部?」
「アクション部をご存じない⁉」
 長山さんの話によるとうちの学校にはオリジナルのヒーローがいるらしい。文化祭とかのイベントでヒーローショーをする。それがアクション部。
 私は入学する前から入部する部が決まっていたから、新入生向けにあった部活紹介を真剣に見てない。普通の高校にはなかなかない珍しい部活がいっぱいあるって話は聞いてたけどアクション部もその一つだ。
「できてまだ三年目のクラブでね。ボランティアもやるんだ。学校の近くに住んでる人とか会社とも交流があるんだって~」
「長山さんもヒーローなの?」
「あたしは上手にでんぐり返せないので残念ながら戦闘員にはなれないんだ……」
 でんぐり返しできない人っているんだ。運動神経が特別悪いのかな。
「でも絵が描けるからこういうのを担当してる! この看板はもうボロボロになってるけどこれを元に新しいの作るんだ」
 美術科らしい役割だと納得した。ドラマや映画も表に立つ人だけじゃ作れないもんね。
「長山さんは今からどこ行くの?」
「美術科の教室に戻るよ。今日は下書きの線を引くんだ。イワイさんもこれから部活?」
「水曜は休み。帰るところ」
「そっか! 気をつけて帰ってね! それでは!」
 ダンボールを抱え直して長山さんは再びもたもた歩き始めた。気をつけなくちゃいけないのはどっちなの。
「……手伝うよ、運ぶの」
 私はダンボールの端を掴んだ。
「いいの⁉」
「うん。用事もないし」
「ありがとう! 案外大きくて運びづらかったんだ! 一人でも余裕だろうと思ってたんだけど、どんどん手が滑っちゃうの。助かる!」
 長山さんはにこにこする。こういう人を人としてかわいいと思う。

 後ろから長山さんのツインテールが揺れるのを見ながらダンボールを美術科の空き教室まで運んだ。美術科の校舎には初めて入る。上手く言えないけど体育科と匂いが違う。絵の具や紙のせいだったりするのかな。
 教室の床には新品のダンボールが既に広げられている。
「ここにどーんと置いちゃって!」
 言われた通りにダンボールを床に置く。
 運んできたものを改めて見るとちゃんとヒーローショーの看板になっていた。ただ、色もはげて字も下手で強くかっこいいヒーローとは程遠い。
「……これって長山さんが一人で作るの?」
「違うよ。今度、先輩たちと色を塗るの。下描きまではあたしがやる。水曜は部活ないんだけど今日は特別作業デー」
「そっか」
 長山さんは楽しそうだけど一年生の女子一人に押しつけてるのかと思ったからちょっと安心した。
「じゃーん! これが新デザイン案!」
 自由帳を広げて見せてくれた。色鉛筆で配色もきちんと決めているようだ。凝っている。なのに小学生が使うような自由帳を美術科の人が使ってるのがおかしく感じた。
「どうかなぁ?」
「かっこいい。古いやつより全然いいよ。文字も立体的になってるし」
「本当⁉ 先輩たちのリクエストも入れてあたしが考えたんだ!」
「すごい……」
「へへ〜! よし! 描くぞ!」
 長山さんは左右の髪の結んだ先を後ろで結んだ。絵を描く時に邪魔にならないようにしてるのかな。初めて見る髪型だ。
 そして床に四つん這いになって新しいダンボールに鉛筆で線を引き始めた。線引きは使わず豪快に腕を動かす。その度に彼女のキュロットスカートが上に上がる。私はスカートを選んだけど長山さんはよくぴょんぴょん動くみたいだしキュロットで正解だったね。
「ふぅ……」
「もうできたの?」
「どうかな? バランスとか」
 立てかけたダンボールから少し離れて全体を見る。バランスとかよくわからないけど悪くないんじゃないかと思う。
「線、薄すぎない?」
「これは下書きの下書きだから大丈夫!」
「なるほど」
 またダンボールを床に置いて今度は違う鉛筆で線をなぞった。さっきよりずっと太い線。
「今日はこれで完成!」
「これどうするの?」
「また体育科の倉庫まで持っていく。二枚とも」
「……」
「手伝ってもらえますか……?」
 お願い、と長山さんは両手を合わせる。誰にでもそうやって甘えるんだろうか。
「……いいよ。暇だし」
「ありがとう! ありがとう!」
 万歳して喜ぶ。大袈裟な子だ。

 この日から長山さんと一緒に帰るようになった。毎週水曜日。二人とも部活のないこの日に校門前で待ち合わせる。
 長山さんがあれこれ話してくるので沈黙や話題に困ることはない。私は話を聞いてうなずくだけ。家の最寄り駅に着いたら寄り道もせず改札口で解散。私は西口、長山さんは東口へ向かう。
 これが思いのほか、楽で良かった。クラスメイトでも部活関係でもない人といるのが落ち着くのかもしれない。ということは、中学の時は落ち着いてなかったのかな。いつもクラスの子や部活の子がそばにいた。
 そして私はその子たちが話し終えるのを待っていた。長山さんの話はそうでもない。気づいたら駅に着いて終わっちゃう。
「また水曜日ね~! バイバーイ!」
「バイバイ」
 長山さんって一日中ずっと元気なのかな。朝も長山さんと一緒だったらどうだろう。行きは私に朝練があるから合わせられないけど、朝から長山さんに会えば目がぱっちり覚めるんだろうな。