突然春は跳ねる #09

 雨の日も減って本格的に暑い日が続く。
 私も長山さんも部活がない水曜日はいつも校門で待ち合わせするけど、今日はアイスを食べてから帰る約束をしていた。
 放課後の食堂は昼時と違って人がまばらになる。私たちのように購買でアイスやお菓子を食べて話してる生徒や寝てる人が数人いる。お昼に来ると涼しさは全然感じないけど今はクーラーが効いて過ごしやすい。
「一口あげるから一口ちょうだい!」
 長山さんは袋から出した棒アイスを私に向ける。
「私が最初に一口もらっちゃっていいの?」
「いいよ〜」
 遠慮なく真新しいソーダ味のアイスをかじる。さわやかな王道の美味しさだ。
 私も木のスプーンですくったバニラアイスを長山さんの口に運ぶ。雛みたい。
「おいしーーー! やっぱりアイスはバニラが一番かもしれない! ソーダも大好きだけど!」
「ね。たくさん種類あるの嬉しいけど、迷うとバニラ選んじゃう。小学生の時からそうだったな」
「小学生と言えば! 今度、五小の同窓会あるの! 六年二組集結!」
 私と長山さんの家は遠くないけど学区が違っていた。私は第四、長山さんは第五小学校出身。
「秋西君がまとめてくれてるらしいよ」
「え?」
 棒アイスをかじりながら長山さんが突然出した名前に私はびくっとした。ほんの少し身構えてしまう。
「秋西君とは中学の三年間は他人だったけど五、六年は同じクラスだったの。委員長だったから代表で色々やってくれてるみたい」
「……秋西そういうのやるタイプだったんだね。意外」
「え⁉ 秋西君ってハキハキした優等生じゃない? スポーツ得意だしかっこいいって言ってる子、クラスに何人もいたよ」
 私の知ってる秋西とは違う。人当たりは悪くないけど淡白な印象を受ける。何をするにもちょっとダルそう。それでいて少し強引な人だった。
「秋西君、中学生になってクールぶるようになったのかな?」
「ふふっ」
 そうなのかもしれない。長山さんの予想がおかしくて笑ってしまう。
「あたしの中ではイケイケリーダーボーイだけど、仲が良かったいわちゃんの知る人物像のが今は正しいだろうね」
「仲、良かったのかな……」
「仲良しかと思ってた。ただの知り合い?」
 私はどう言おうか考えながら口を動かした。
「あー……秋西とは、知り合、うーん……一応、付き合って──」
「お付き合いしてるの⁉」
 長山さんの声がひっくり返りかえった。驚きながらもどこか嬉しそうだ。
「いや……」
「え〜! 美男美女カップルだ! 素敵! いいなぁ!」
「美女じゃないし、もう連絡も取ってない」
「そう、なんだ……そっか……ごめんよ」
 長山さんは黙った。シャリシャリとアイスを食べる音だけが耳に入る。
「そんなに申し訳なさそうにしないで」
「だって……」
 この話に触れちゃいけないなんてことはない。私はそんな繊細じゃない。
「悲しくも楽しくもない話。聞いてくれる?」
「う、うん! いわちゃんがいいなら」
 どう思われるかわからないけど話してみようと思えた。知ったら長山さんはどう思うのか知りたくなった。
「卒業式終わってみんなで写真撮ってたら『元気でな』って秋西に言われた」
「……どういうこと?」
「私も何? って思ったけど、まぁ、普通に私のこと好きじゃなくなったんだなーって理解した」
「えー……いわちゃんその場でどう反応したの?」
「秋西も元気でねって言った」
「冷静だ! ショックじゃなかった?」
「うーん……」
 告白された時、私には好きな人がいなかった。だったら俺と付き合ってよって言われた。秋西とは友達でいれば良かったんだけど、俺のこと嫌い? なんて言うから断れなくて付き合うことにした。最初から最後まで秋西に流されっぱなしだったんだ。
「恋人らしいことなーんもしなかったから振られて当然かも」
「なーんも?」
「強いて言うなら手繋いで帰るとかそれらしいかな。かわいいもんでしょ」
 それも一度きり。緊張した。べたっとした。どっちの手汗かわからない。秋西も気持ち悪かったと思う。
「お付き合い始めてからも好きにならなかった?」
「わかんない。一緒にいて楽だった。だからダメだったんだね。秋西は中学で終わらそうって考えたんだろうなぁ」
「別れるってことでいいの? って確認したり、どうして別れるの? って話さなかったの?」
「話したくなかった。友達にも私が悪いって言われたよ。そういうところが可愛げがないんだってさ」
 すがりつくようなことしたくなかった。必要のないものを取っておいても使わなきゃもったいない。お互いを持て余してたと思う。
 口数が減った長山さんはレモンでも食べたような顔をしてアイスの棒をかじっていた。
「何なに? その顔」
「だって! ひどいよ! ワイワイ写真撮ってる時に手短な別れ話するかね⁉ みんながいる前で! 一方的に! いいよいいよ! 秋西君みたいな勝手な人は話し合う必要ない! 勝手なんだから! 勝手にすればいい! お友達も何⁉ 可愛げ⁉ 友達にそんなこと言うのが可愛げなくない⁉ ないね!」
 はちゃめちゃだ。
「愛嬌がないんだって。昔から言われる。笑わないねって」
 愛想笑いができない。にこりともしない子だって大人に言われたことある。
「いわちゃんよく笑うのに⁉」
「そう?」
「そうだよ! ちょいクールビューティーだけどそこがミソなんでしょうが! いわちゃんの笑顔を知らない人はいわちゃんを知らない人よ!」
 確かに。親しくない人と笑い合うことってない。楽しくないと笑えない。多分、私が笑うのは、きっと。
「長山さんがおもしろいからね」
「おもしろい⁉ え、えへへ……」
 照れてるポイントがわからない。長山さんには愛嬌がたっぷりだと思う。こうなれたら違ったのかな。
「それにしてもイライラモヤモヤするね!」
「ごめんね。変な話聞かせちゃった」
「いいの! あたし、同窓会行っても秋西君とは絶対口聞かない!」
「秋西かわいそー」
「かわいそうじゃない!」
 長山さんは先がボロボロなったアイスの棒を袋に入れると打って変わって小声になった。
「今からカラオケでも行きません⁉ いわちゃんと銭湯以外で寄り道したことないよね。あたしたち優等生すぎない?」
「そうだね。行こっか」
「行きましょう!」
 ガタッと立ち上がった長山さんに手を引かれた。背が小さい長山さんは手も小さい。あったかくてやわらかい手はクーラーとアイスで冷えた体にちょうどいい。
 私たちは食べ終えたアイスのゴミを捨てて勢い良く学校を飛び出した。