移動するマ ホーズ
「じゃーん! 見て見て!」
部活のない毎週水曜に祝と比呂子は校門で待ち合わせして共に下校している。今は乗り換えの電車に乗り込んだところだ。
空いている座席に腰掛けると祝は通学カバンとは別に持っている手提げ袋から一輪のバラを取り出し比呂子に見せた。白く見事に咲いている。
「この子、どう⁉ 棘も見て! ほら!」
「うん、きれい。誰かからもらったの?」
バラはきれいに包装されている。学校でバラを手に入れる機会はなかなかない。何かめでたいことでもあったのかと比呂子は不思議がった。
「同じクラスの園芸部の子がくれたんだよ」
「エンゲーブ?」
「赤と白に黄色、ピンク……だったかな? 好きなの選んでってプレゼントしてくれたの」
「配ってたの?」
「うん。園芸部で育てた子たちなんだって。どの色も素敵で迷っちゃった」
「へぇ……」
特別に祝だけのプレゼントではないと知って比呂子はほっとした。
「それでねぇ……ぬふふ……」
祝はいたずらっ子のようににやにや笑う。これから実行するのか、もうすでに仕掛けてあるのか。比呂子は怪しんだ。
「な、何……?」
「ローズ フォー いわちゃん!」
祝は自分の手に握られていたバラを真横に座る比呂子へ差し出した。
「受け取ってください」
「え……? どういうこと?」
「このバラね、好きなのあげるから好きな人にあげてねってもらったの。幸せのおすそ分け? 連鎖? みたいなのを目的にしてるんだって」
「おぉ……」
「園芸部の子が一生懸命お世話した大事なバラをあたしは気に入って一輪もらった。そんで、いわちゃんはきれいって言ってくれた。だからあげる!」
「……」
「なーんとなく、いわちゃんぽいでしょ、この子」
「バラに失礼だよ」
「こんなに華麗なのに。あれ? 可憐? 華麗? 佳麗? 可憐?」
「意味わかってるの?」
「きれいで凛々しいけどかわいくて儚げな雰囲気もある美人さんなんだよ、いわちゃんは」
両手で持つバラを祝は比呂子の顔の横に近づけた。純白の花とうっすら日焼けした肌はお互いを目立たせた。
「ヒロコチャン、アタシヲモラッテヨ~」
「や、やめてよ……」
ペープサートの人形のようにバラを動かす祝の手から比呂子はバラをさっと受け取った。
「……ありがとう」
「んふふ! どういたしまして!」
「私はこの子を誰かにあげなくちゃ駄目なの?」
「さぁ? そこまでは言ってなかった」
「じゃあ、私のにしちゃうよ」
「うん! いわちゃんのバラよ!」
こうしてバラの持ち主は変わった。それと同時に二人と一輪をガタゴトと運んでいた電車は彼女たちの目的地に到着した。