スプリング・スプリング・スプリング #08

 水曜日は気持ちがほんのちょっとだけ中学生に戻る。
 いわちゃんと学校から駅まで今日は何をしたとか、この間の部活でこんなことがあったなど歩きながら話す。
 電車の中で薬局の前にあった本屋が閉店したけどまた別の書店ができるとか、中学の音楽と美術の先生が結婚したらしいとか。こういった美術科の子に話してもつまらない話をする。
 案外いわちゃんは私の話にくすくす笑う。それが嬉しくってもっと早く友達になれていたらと思わずにいられない。

 ひので君と真生君とも順調に仲良くなれてると思う。
 美術科では月に二回くらい晴れの日の昼休みに屋上が解放される。空に近いところで食べるご飯は味が違うと思って試しに彼らを誘ってみた。二人とも賛成してくれた。親睦を深めたい私の気持ちを汲んでくれたように感じた。いい人たちだ。
 美術科は圧倒的に女子が多い。くじ引きで決まった班は女子三人か女子二人男子一人ばかり。私たち八班だけ女子一人男子二人だった。女子二人の班になってしまった男子たちが肩身をすぼめて慰め合う現場を見てしまったこともあるけど、逆の立場の私はきっとひので君と真生君のおかげでそんな思いせずに済んでいる。

 昼休みになって屋上の重い扉を開くとすでに何人もの生徒でにぎわっていた。学年関係なくご飯を食べたりお話したりスケッチブックを広げてる人もいる。レジャーシートを広げてピクニックみたいに楽しんでる人も。先生も生徒と一緒にお昼を食べている。
 いくつか設置されているベンチは全部満席だと思ったら端っこの一つだけ空いていた。他より小さいから人気がなかったのかも。私と真生君はそこに座ってお弁当を広げる。
「軽く夏だな」
 柵にもたれたひので君がそう言ってパンの袋を破る。
「ひので君、座らないの?」
「三人で座ったら狭いだろ」
「そうでもないよ!」
「もっと詰められるぞ」
 真生君が席を詰めてたので私もスペースを作る。
「ほらほら! 座って!」
 ひので君は渋々腰をかける。私はひので君の言ったことを理解した。私の両脇に私よりずっと大きい男の子が近距離で座っている。暑い。風でもあれば違うんだろうけど。
 空を見れば雲一つない。青の画用紙を目の前に張り付けたような、描けば不自然になりそうな難しい空だ。
「あのさー。はじめくんとまおちゃんは共同制作でこういうの作りたいってのある?」
 気づけばパンを四つ食べ終えたひので君はお茶を飲んで左側の私と真生君に尋ねた。
「……これから三人で話し合って決めるもんだと思ってなんにも考えてない。今がその時?」
 真生君がお弁当の最後の一口を飲み込んで答える。私は共同制作について言いたいことがあった。口いっぱいに入れてしまったご飯をよく噛む。二人は私を挟んで話を続ける。
「他の班もう話が進んでるところは進んでるっぽくてさ。二人はどうなのかなって」
「ふかは?」
「俺も特には。なんでも自由にって言われても無限すぎるよな。でも、やっぱ絵かな」
「去年の文化祭行ったけど立体は一年の共同制作ではあんまり作られてなかったな」
「あー! 俺も行った! なんかさ、クリアファイルたくさん使った──」
「がはあはっ」
 早く二人の会話に入りたくてむせた。喉がおかしくなる。
「何してんだよ、はじめくん。お茶飲みな」
「ゆっくり食べていい。焦らないで」
「ぐん……!」
 お茶を飲んでも逆効果になりそうだ。苦しい。一呼吸置いてやっと二人に話した。
「あの! あのね! あたし、共同制作はインパクトのあるダイナミックなのを作りたい!」
「インパクトでダイナミック……」
「例えばどんな風に?」
「ええっと、漠然としてるけど大きかったり派手だったり! 一目見て絶対に忘れないような作品! いつか忘れたとしても頭の片隅に残っちゃうような!」
「なーるほどな。モチーフもそういった力強い感じになるのかね? 表現だけ?」
「出来るならモチーフも! テーマも! ただ下品にならないようにしたい!」
「ふぅむ」
 ひので君は制服のポケットからメモを出して私の言ったことを書いた。ササッと書いてるのにきれいな字だ。意外と丸っこくてかわいい。
「あ! 富士山!」
 大きく呟いたのは八班で一番無口な真生君だった。屋上にいる他の人たちには聞こえなかったみたいだけど間近にいる私とひので君には響いた。彼の言った意味がわからず二人で彼の顔を見る。
「ほら、あそこ!」
 ベンチから立ち上がって屋上の柵へ近づくと真生君は遠くを指す。背の高い彼だから柵から身を投げ出してしまいそうだ。
 私たちも一緒になって真っ直ぐ遥か彼方を見つめる。高低様々な建物がそびえ立つ都会の奥に日本刀の模様のように縹色の山が横にちょろっと伸びている。さらにその奥に白い頭が覗いていた。富士山!
 東京と山梨は隣同士だけど学校からだと距離はどんなもんだろう。静岡はどれだけ離れてるのかな。すごく遠くからなのにこれだけはっきり見えるくらい大きいんだ。上の部分しか見えないけど堂々として見える。全体を見たい。きっと圧倒する。
「描きたいなぁ」
 ひので君のささやきが聞こえた。すると真生君が答えた。
「描けるかな……」
 私は探してたインパクトとダイナミックを見つけて気分が上がったけど二人とも魂を一つまみ抜かれてしまったようだった。富士山は女性なのかもしれない。
「描きたい‼ 描こう!」
 これは私たちの感嘆だった。二人だって富士山を見て私と同じようにあれこれ感じて考えたはずだ。だけどそんな気持ちは一言でまとまった。三人共通だ。そうなればもう、やることは決まったのだった。