スプリング・スプリング・スプリング #20

 近頃どんどん温度が上がってきた。テレビでも校内でもうるさいくらい水分補給をこまめにするよう注意喚起してる。もういいよ。わかったよ。水を飲む。気をつける。塩も舐めるよ。
 ニュース番組ではどこどこの小学校で体育の時間に児童が何名倒れて運ばれたとか、冷房なしで寝てる間に亡くなってしまった事件をずっと取り上げてる。
 こういう似た話を繰り返して聞くとまたかと思ってしまう。駄目な慣れだと思った。こうやって油断するんだ。しっかりせねば。

 水曜日になっていわちゃんと帰った。暑いねーなんて話しながら。
 最寄り駅に着くと改札で別れる。私は東口、いわちゃんは西口からそれぞれ自宅へ帰る。それがいつも通り。
「それじゃ、またね。いわちゃん」
「私も東口」
 改札を通るといわちゃんは私と同じ方向へ歩いた。
「こっちから帰るの? どうしたの?」
「最近、歩くの好きなんだ。普段通らない道とか行きたくて。東口の方面あんま知らないし」
「なるほど! 遠回りも散歩みたいで楽しいかもね」
 いわちゃんは走るのも歩くのも好きなんだなぁ。そういえば学校には散歩部ってのもあった。楽しそう。
「東口、おもしろい場所ある?」
「あー! あのね! いっつも出窓から外見てる猫がいる家があるの! 寝てる時もあるけどすっごくかわいい子。目が合うとねうねう言うの」
「猫好き」
「あたしも!」
 東口を出るとすぐ横に交番がある。ここを通る時は毎回ちらっと中を覗いて誰もいないことを確認する癖がある。たまにお巡りさんがいると驚いてしまう。悪いことしていないのに。
 それから掲示板も見る。指名手配犯のポスターや昨日の交通事故数も見る。引き締まった気にさせる。
 だけど今日はこれらとは違ったテイストの明るい色彩が目に入った。
「五小祭だ‼」
「五小祭?」
 私の出身校である第五小学校のお祭りを知らせるポスターが交番の掲示板に貼られている。生徒の描いたイラストが大きくプリントされていた。
 クラスから数名の絵が選ばれてこうして街中に貼られるのだ。私も選ばれて公園前の掲示板に貼ってもらったことがある。誇らしかった。一緒に写真撮ってもらって近所に住む親類に自慢したものだ。
「へぇ。五小は夏休み前にやるんだ。四小祭は秋だったよ」
「運動会は?」
「運動会は春」
「学校によって違うんだねぇ」
 パチンコ屋とラーメン屋の前を通る。にぎやかだ。
「陸上部は文化祭で何やるの?」
「あー……部活紹介のパネル作るとか言ってたなぁ」
「展示だ!」
「うん。陸上部が文化祭に参加するの久々なんだって。盛り上がってる」
「久々? 毎年出てないの?」
「体育科って文化祭自由参加なんだよ。大会と文化祭が同じ日になることあるから」
「そんな事情があるとは……」
 美術科は文化祭が目標の一つだけど体育科は大会に向けて日々頑張ってるんだもんね。大会を優先するに決まってる。
「今年は大会と被ってないから、簡単なことでいいから参加したいって先輩たちが先生に相談したんだって。あんまり文化祭のことばかり気にかけるんじゃないぞって先生はあきれてた」
 陸上部の先輩たちの気持ちがわかる。学生としては文化祭も楽しみたい。美術科も音楽科も普通科も参加するのに自分たちだけ不参加なんてつまらない。
「いわちゃんは文化祭あんまり楽しみじゃないの?」
「そんなことないよ。他の部の出し物、見たいと思ってる。アクション部だってヒーローショーやるんでしょ? 完成した富士山も見たい。楽しみ」
「そっか……!」
 いわちゃんの楽しみになれてることが嬉しい。たくさんの人に見てもらいたい。そのために八班もアクション部も張り切ってる。
「でも、練習だけしていたい人がいるのも知ってるから」
「あぁ……そうなんだね……」
 本当はいわちゃんも練習をしていたいのかもしれない。文化祭を楽しみたい気持ちもある。その二つは両立できるし悪いことじゃない。参加が決まったならとことん文化祭を楽しんでほしい。楽しむべきだ。無責任のようだから口には出せなかった。

 猫のいる家や美味しいケーキ屋さんをいわちゃんに教えながら家に帰った。多分、一時間くらいぶらぶら歩いて、いわちゃんと別れた。
 家に帰ると母から今夜は叔父がご飯を食べに来ると聞かされた。たまにこうして食べに来る。私は叔父が好きなので大歓迎。
「撮って満足しちゃ駄目だな。こういうのはちゃんとアルバムにして残さなきゃ」
 叔父は入学式の写真をプリントアウトして持ってきてくれた。封筒が分厚い。
「思ったよりいっぱい撮ってくれてたんだね」
「友達の分も印刷してきたから。あげて」
「ありがとう!」
 私といわちゃんが桜の前に並んでる。いわちゃんは微笑んでいるような真顔なような顔でピースをしている。背が高くて細くてすらっとしてるからモデルさんみたいだけど、ポーズや表情は普通の子のようでかわいい。
 今のいわちゃんは総合的にやわらかくなった。よく話してくれるしよく笑う。仲良くなったんだと実感した。最初のうちは私が一歩的にわーっと話しちゃったから、うるさい子だと思われたかと心配したものだけど平気だったみたい。
 いや、わからない。油断しちゃいけない。取り繕うことはできないけど調子乗らないようにしなきゃ。文化祭も見に来てくれるわけだし。気を抜かず頑張らないと。
 夕飯後、コップ一杯の冷たい水をがっと飲んで来週提出する課題に取り掛かった。