スプリング・スプリング・スプリング #21

 叔父に入学式の写真をもらった一週間後の放課後、電車でいわちゃんに写真を渡して一緒に写真を眺めた。いわちゃんは少し気恥ずかしそうにしていた。
 それから私たちと同世代の寄り添っているカップルを見た。すごい。電車内の一角は二人の世界だ。好きな人に好きになってもらうとああなっちゃうのかな。人目を気にする暇がないのかも。不思議だ。
「長山さんはそういう相手いるの?」
「ん?」
 カップルを見ていたいわちゃんが私に顔を向けて質問した。
「付き合ってる人」
「ええ⁉ いないよ!」
「どうして?」
「どうして⁉」
「作らないの? 今は勉強や部活に集中したいからとか?」
 当たり前のように言う。いわちゃんは今のところ彼氏は必要ないと決めてるのかもしれない。私は恋人を作る作らないを選ぶ域に達していないのだ。私に恋人ができたのなら、それは広い海にぷかぷか浮いて流されて突然の雷に打たれるようなものだと思う。
「できないんだよ! あたしを恋人にしてくれる人なんていないよ!」
 そう私が言うといわちゃんはふむふむと何か納得したような顔をする。
「好きな人はいる?」
「え、ええ〜〜〜いないよぉ……」
 体が熱い。案外、私は恋愛のことを訊かれるのが苦手なのかも。聞くのは楽しいのに。言わないのは不公平か。話したくないなぁ。
「長山さん、かわいいね」
 いわちゃんは微笑んで私を見る。きっと私のことを子供だと思ってるんだろう。実際にそうなんだけども。
「……でもそれってアレでしょ? 動物とか小さい子がかわいいのと同じでしょ? 親戚いっぱいいるからそういうかわいがられ方には慣れてるよ」
「違うよ。どう言えばいいかな……」
 考えているいわちゃんの真顔はきれいだった。写真よりずっといい。すぐにしっくりくる言い方を思いついたような表情になった。
「長山さんは一人の人間として魅力的な人だよ」
 びっくりした。だって急に真面目な顔で言うんだもの。いわちゃんはふざけたことをしない人だから今の発言を私は冗談だと受け取れなくてあたふたしてしまった。お礼は言えた。そう言ってもらえて嬉しかったのは本当だから。
 私からすればいわちゃんが魅力的だ。秋西君はどうして別れを選んだんだろう。上手くいってなかったからなんだろう。
 じゃあ、どうして上手くいかなかったのか。あずかり知るところではない。考えても答えは出ない。でも私が秋西君だったらもっといわちゃんを楽しませたり、ときめかせたりできたんじゃないかって思ってしまうんだ。秋西君は素敵な男の子のはずだから。
 その日の夜はすんなり眠れなかった。明日は部活があるから早く寝たい。恥ずかしいのにいわちゃんのくれた言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。布団で転がり回っていると勢いがついて自然と体が起き上がった。予感がした。

 太陽が元気に照る日が続いてアクション部の活動が外で行われる時は日陰が必須になった。今年は人生で一番の猛暑だ。
 昨夜のカンが当たって私はついにでんぐり返しを習得した。タオルを使わずマットから落ちることなく真っ直ぐきれいに回った。それはもうお手本のように。
 今日は部員が全員揃っている。安座上先輩も新体操部が休みになったから珍しくアクション部に遅刻も早退もせず参加していた。しっかり私のでんぐり返しを見届けてくれた。
 師匠は体全身で成功の喜びを表現すると私に力強いハグをした。よくやったと讃えてくれた。私も夢中になって抱きしめ返した。アクション部の他の先輩たちもみんなして私を囲んでもみくちゃになった。
 こんなことで大喜びされるなんて情けなさもあるけど、自分をいっぱい褒めてやりたくなった。今はそれでいいんだ。
「長山さん! 天才だ! 胴上げするか⁉」
「胴上げぇ⁉」
「危ないから駄目」
 安座上先輩の提案は部長にあっさり却下された。怖かったので助かった。私は代案を思い浮かべた。
「あの! マイムマイムしませんか⁉」
「マイムマイム?」
「なんで?」
「代わりになる?」
「あたしの小学校、マイムマイム流行ってたんです! 休み時間はもちろん、誰かの誕生日とかによく校庭でやったんです! クラスを挙げて盛大に!」
 中学に行ってからこれがうちの小学校限定だったことが判明した。友達にバースデーマイムマイムを提案したら笑われた。しかし、やってみると楽しいもんで本人は喜んでくれた。
「よし! するか! お祝いのマイムマイム!」
「待って! マイムマイムって何⁉」
 安座上先輩だけマイムマイムを知らなかった。曲名どころか曲も踊りもわかっていない。今度は私が教える番になった。時間は必要ない。新体操をしている人だ。私の足元を見て簡単にステップを覚えた。
 八人の部員が手を繋いで小さい輪を作る。
「え~……では! 始めます!」
 私が歌い出すと先輩たちは一緒に歌ってくれた。徐々にスピードが出てくる。みんながどんどん楽しくなっているのがわかった。
 全員がへとへとになった時点で踊りを終えた。外周でもしてきたのかと思われそうなくらい汗だくになった。みんな笑ってた。
 校庭の手洗い場の蛇口の一つにどうしてか今日はホースが付いていて安座上先輩が部員に向けた。私は頭からもろに食らった。そして部長が安座上先輩からホースを奪うと安座上先輩に水を浴びせた。誰も怒らない。けらけら笑ってる。
 結んでいたヘアゴムを外して手櫛で濡れた髪をとかす。しばらくみんなで水遊びをしてもっとびしょびしょになったけど帰る頃には乾いた。部員たちも今の今まで先輩後輩男女関係なく遊んでたのにすっかりいつも通りだ。
 でも悪い空気じゃなかった。顔を見合わせると再びみんな笑った。