君よ動けるならば #02

彼女は花茶屋はなちゃやけいという名前だった。小さいから年下だと思い込んでたけど同い年だった。
 僕の家の前は道路が三つに分かれていて、そのうち二つは学校やスーパー、友達の家に行くのによく通っている。生まれた頃からお馴染みだけど一つだけ滅多に使わない道がある。
 ここを進むと空き地に出る。そこが彼女の家だった。僕が空き地だと長いこと勘違いしていた場所には古い一軒家が立っていて、その家に住んでいる親戚のお世話になることになったと聞いた。海外を飛び回ってる両親が忙しくて夏休みの間に二学期からの転校の手続きが間に合わなかったらしい。

 ご近所さんの同級生として交流ができて月日は流れ、小学生だった僕達は中学二年生になった。
「柴、おはよう」
「おはよう、花ちゃん」
 転校してきたばかりの彼女は誰ともなかなか喋らなくて孤立していた。とても静かで近寄りがたいところがあった。だけど今はいたって普通に話してくれるようになった。
 僕は引越しも転校もしたことないからわからないけどあの頃はきっと不安だったんだ。知り合いや友達も増えてきて心に余裕ができてきたんだと思う。
「今日うち、カレーなんだ。きっとまたたっくさん作るから花ちゃんちに持っていくよ」
「私、柴の家のカレー好き。じゃがいも大きくて」
 こうしておすそ分けするような仲になった。花ちゃんがお世話になってる親戚のご夫婦も旅行が趣味でお土産をよくもらう。僕はどんな人か知らないけど僕の母は何度も会ってるみたい。ただでさえ海外にいる両親から預かってる子なのにひとりぼっちにして家を空けることに母は怒っていた。

「転校生を紹介します」
 衣替えの季節に引っ越してきた子が僕と花ちゃんのクラスメイトになった。
高砂たかさご大輝だいきです。カリフォルニア州から越してきました。いろんなことたくさん教えてください」
 緊張している様子もなく挨拶をした。小柄で中性的な子だ。新品の夏服もぶかっとしている。
 彼が席に着くと先生は出欠を取り始めた。みんな転校生である上に帰国子女の高砂君に注目している。
 高砂君は隣の席の深川ふかがわ君に小声で話かけられていた。
「なぁ、英語喋れるの?」
「エイゴってなんだっけ?」
「え? あー……キャンユースピークイングリッシュ?」
「ああ! うん! 君もエイゴ話せるの?」
「話せないけど」
「今話してたよ」
「そこ、お喋りは後で。休み時間にお願いね」
 転入早々先生に注意をされても彼はにこにこしていた。

 部活がない日はよく花ちゃんと帰る。約束してるわけではないけれど帰り道が同じなので途中から一緒になる。
 今日も友達と別れて角を曲がると後姿の花ちゃんを見つけたので声をかけた。後ろから見る花ちゃんはやけに小さく感じた。
「この時期に転校生なんて珍しかったね。花ちゃんも中途半端な時に越してきたよね」
「そうだっけ? ……そうだ。あの頃はごたごたしてたんだよね」
「高砂君もアメリカからだし都合があったんだろうね。どんな子だろう。仲良くなれるかな」
「柴ならなれるよ」
 僕の家に着いて花ちゃんと別れた。
「じゃあ夕方にカレー持っていくから」
「うん、待ってる」
 花ちゃんは僕にとって花ちゃんの家に行くくらいしか目的がない道を歩いて行った。