君よ動けるならば #06

 放課後、友達には用があると言って一人ですぐに学校を出た。いつもの通学路から外れようとしたその時──
「柴、どこ行くの?」
 後ろから花ちゃんが声をかけてきた。
 いるとは思わなかったのでビックリしたけど花ちゃんといるとよくあることだ。大きい音を立てないよう廊下を歩いたり扉の開閉に気をつけているからだろうし、大抵は僕がぼーっとしてる時なので花ちゃんは何も悪くない。
「神社だよ。お願い聞いてもらうんだ」
「私も行く」
「でも……大丈夫?」
「何が?」
 花ちゃんは神社が苦手なはずだ。なんだか不安になると小学生の時に言っていた記憶がある。そういう人もいるんだと初めて知ったので印象深い。
「寄り道なんて私も柴もよくするじゃん。公園とか。今更怖くないよ」
「……そうだね。ちょっと歩くよ?」
「いいよ」
 二人で少し遠い神社へ向かった。近所の小さい場所でもいいんだけど、我が家は昔から七五三などでお世話になっているのでついそっちへ頼ってしまう。

 やっぱり花ちゃんは神社と相性が悪いらしい。入口の階段を踊り場まで上って振り返ると彼女の足は最初の数段で止まっていた。まだ鳥居もくぐっていない。僕は戻って声をかける。
「どうしたの? 気分悪い?」
「少しぐるぐるする」
「頭がクラクラするの?」
「どこに行けばいいのかわからなくなりそう」
 そうだ。確か前にも似たようなことを言っていた。
「大丈夫だよ。もう帰ろう。家まで送るね」
 階段から踏み落ちないように花ちゃんの手を握った。花ちゃんはぎゅっと握り返す。手が冷たい。
「でも柴は神様にお願いしに来たんでしょ」
「今日じゃなくてもいいから」
「私も上まで行く。ちょっと落ち着いた」
「そう? 本当に平気?」
「うん。手つないだままでもいい? 楽になる気がする」
「はい、よろこんで」
 拝殿まで手を繋いで歩いた。途中で参拝者とすれ違う。一瞬、ちらっと僕らを見たのがわかる。少しだけ手を離したくなった。あるいはさっさとこの場から離れたい。どちらもできない。花ちゃんに合わせて時間をかけて上った。

 賽銭箱の前でお賽銭を用意すると花ちゃんも財布を出す。まだ少しふらついているみたい。早く済ませて帰らせよう。
「柴は何をお願いするの?」
「次の部活の日に晴れますようにって。前回も神社に来たんだけど曇りだったんだよね。今度こそ!」
「神様がいるとして、願いを叶えてくれる力なんか持ってるの?」
 それを今ここで口に出してしまうのが花ちゃんらしさだ。
「これは僕の気持ちの問題なんだ」
「気持ち?」
「僕はどうしても晴れてほしい。テストでいい点数取りたかったら勉強する努力をするけど、天気は自分じゃどうにもならないから……お願いくらいしかできないからそうしてる。何もせず結果を待つより気持ちがいいのさ」
「そういうものなのか」
「さっき花ちゃんは僕の手を握って楽になった気がしたでしょ? あれも気の持ちようだよ」
「本当に楽になったんだけどなぁ」
 僕が鈴を鳴らして百円玉を賽銭箱に入れると花ちゃんは五百円玉を投げた。二礼二拍手一礼をすると花ちゃんも後に続いた。

 また手を繋いで階段を下りた。落ちたりでもしたら大変だから行きよりもゆっくり歩く。ひんやりしていた手はあたたかくなっている。
「花ちゃんは何をお願いしたの?」
「え? 部活の日に晴れるようにでしょ?」
「それは僕のお願い事だよ」
「私も柴の部活の日が晴れになるようにお願いした」
「どうして?」
「叶えてもらえる確率が二倍に上がるから。お賽銭は五倍だよ」
「……そういうものなのかな?」
「そうだよ。気の持ちようなんでしょ?」