君よ動けるならば #08
「おはようございます!」
「おはよう」
「柴又君、僕と友達になって」
「いいよ」
下駄箱で上履きに履き替えていると高砂君に声をかけられた。
高砂君の目はすごくぱっちりしている。黒目の大きさはあまり個人差がないって聞いたことがあるけど、そんなの信じられないくらいくりっとした目だ。姉が羨ましがりそうだ。
帰る約束もした。どうやら高砂君の家は僕と方向が同じらしい。途中まで一緒に帰る。
放課後、僕は職員室に用があったので校門で待ち合わせた。高砂君は手ぶらだった。持って帰るものはないらしい。
「柴又君は頭も良くて運動も得意だって本当?」
「僕よりいつもテストの点いい人もいるしスポーツも運動部には敵わないよ。誰がそんなこと言ってたの?」
「花茶屋さんだよ」
「花ちゃん?」
「そう。花茶屋さんとも友達になったんだ。花茶屋さんも転校生だったんだってね。初めてできた友達が柴又君だって言うから僕も友達になりたいと思ったんだよ」
高砂君は道路の白線を歩いた。僕も後に続く。きっとはみ出たら落ちて死んでしまう。こんな下校は小学生ぶりだ。
「柴又君が親切だからきっと花茶屋さんも親切になったんだね」
「親切って? あ、そろそろ……」
次の角を曲がると僕たちの進む線がなくなってしまう。白線は途切れる。
「本当だ。このあたりの道は柴又君がずっと詳しいね」
「地元だからね。近道も知ってるよ」
僕たちは白線から降りた。近道は小さい時ならよく使ってたけど徐々に通らなくなった。人通りが少ない場所や茂みを進まなくてはならない。そういう道は危ないんだとわかってきた。
「花茶屋さんは柴又君をなんでもできるすごい人だって言ってたよ」
「大袈裟だなぁ、花ちゃんは」
「柴又君のようになろうとして柴又君の真似をしたけど難しくて今でも目標なんだって」
「そうなの……?」
そんな風に思ってくれてたのか。ただの、普通の仲のいい友達と思ってくれていれば嬉しかったけど目標なんて予想外だ。
「花茶屋さんは柴又君を見ようと意識して見ていて、僕のことは見ようとしなくても見えるみたい。最近は柴又君も僕が見えますね?」
「え? うん? ちゃんと見えてるよ」
高砂君は目の前にいる。でも、そういうことではないようだ。彼は僕が理解できるように説明を続けてくれる。それなのに僕はなおのことわからなくなってしまう。
「僕が見えないようにしてても花茶屋さんには見える。花茶屋さんを見ると柴又君も僕が見える。わかる?」
「わからない……」
「んー。柴又君は頭がいい人のはず。わかるはず!」
「ごめんね」
「平気! 花茶屋さんも僕も知らないことたくさんだった! 知らないことを教え合って知っていく! 今だってそう! 日々学び! 少しずつわかるようになれば嬉しいね」
「知らないことたくさん……」
途中で再び道路の白線と出会った。見つけるとすぐに高砂君は白線を歩き始める。
出会った頃の花ちゃんは知らないことが多すぎた。ランドセルも給食も運動会も知らなかった。それらが採用されてない学校もあるのかもしれないけど意味くらいわかると思う。でも花ちゃんは何も知らなかった。
知らないことを知らないと言うには勇気がいる。わからないことも。ただでさえ引っ越してきて環境が変わって花ちゃんは疲弊していた。
だから僕はできる限り教えた。頑張っているのがわかるから力になりたかった。それだけじゃなかったけどそれは本当。僕は花ちゃんに頼ってもらいたかったんだ。