君よ動けるならば #11
花ちゃんの家の呼び鈴を押そうとしたら奥から笑い声が聞こえた。押すとビーッと音が鳴り、足音が近づいてくる。
「あ! 柴又君だ! 花茶屋さん! 柴又君が来たよ!」
玄関を開けた大きな瞳は楽しそうだった。
「途中で飲み物とゼリー買ってきた」
「ありがとう。今すぐもらう」
赤い顔をして花ちゃんはベッドで横になっていた。体を起こして袋を受け取る。
「具合どう?」
「朝より良くなったよ」
スポーツドリンクを半分くらい一気に飲んだ。汗かいたのかな。ご飯は食べたのだろうか。
「読み終わったし僕はそろそろ帰るよ」
今日の高砂君は通学カバンを持ってきていた。
「来てくれてありがとう」
「うん。早く元気になってね。柴又君、花茶屋さんを寝かしつけてね。僕が来た時は起きてテレビ見てたんだよ」
「ありゃ。ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃない」
「だって……」
散々睡眠を取ってやることもなく退屈だったんだろう。
「じゃあ二人ともまたね!」
高砂君が花ちゃんの部屋を出てバタンと玄関の扉の閉じる音が聞こえると花ちゃんは僕に話しかけた。
「柴、これ見て」
花ちゃんの手には茶色の瓶が握られていた。
「高砂君が持ってきてくれた。なんでしょう?」
瓶が茶色いから正しい色はわからない。乾燥した細かい葉っぱのように見える。
「薬? 漢方みたいな?」
「すごい! 私はお茶っ葉かと思った。アジサイの花を干したやつなんだって」
「これを煎じて飲むの?」
「うん。解熱剤だって。本当かな?」
そう言って花ちゃんは小瓶をペンダントライトの明かりにかざした。軽く振って中身を揺らす。
「あと保健だより音読してくれた。真顔で読むからおかしくってさ」
「それで笑い声が聞こえてきたんだ」
「外まで聞こえてた⁉ やだなぁ」
熱のせいか花ちゃんはいつもより饒舌だ。元気そうだけどベッドで体を起こしていた花ちゃんに横になってもらった。
「家の人は今日も遅いの?」
「おばさんが早く帰ってきてくれるから大丈夫だよ。昼間も電話くれたし」
「そうなんだ。今日はテレビ見てた以外はずっと寝てたの?」
「……本当はテレビ見てたんじゃないの」
「そうなの?」
「最初、柴が来てくれたんだと思って外覗いたら高砂君なんだもん。びっくりした」
花ちゃんが学校を休む時はいつも僕が連絡帳やプリントを届けていた。今回だけは先を越されてしまった。
「急いで髪とかして、本当は着替えたかったけど……慌てたから知らないうちにリモコンのボタン押しちゃったみたい。それでテレビ見てたって思われた」
「そっか」
夏用の薄い掛け布団から両腕を出している。花ちゃんの腕は細っこくて重いものを持とうと触れただけで折れそうだ。
「ここの所、ずっと考えたんだけど、高砂君のこと、柴の言うような好きではないよ」
一転して訥々と話す。
「だって高砂君のこと、よく、知らないんだもん」
「世の中には一目惚れというものがあるそうだよ」
「でも、見た目が好きってわけでもないもん。それに、あやめちゃんや、柴のことの方が、私は好きだよ」
よく知らないから好きじゃないなら、知ったらどうなるんだろう。相手の大事なことを知らなくても好きになることはないのだろうか。
「もしかしたら私たち、いい友達になれるのかも……」
今にも眠りそうな目と声になっていた。
「難しいこと考えると……私……」
「うん。おやすみ」
「柴も、来てくれてありがとうね……」
花ちゃんの寝息が聞こえて僕は部屋の電気を消した。