君よ動けるならば #13
八時十五分。花ちゃんの家へ行った。呼び鈴を押したけど出てこなかったから先に公園へ行ったのだと判断して僕は一人で公園へ向かった。
河川敷の公園には散歩する人たちがいた。ウォーキングや犬の散歩をしている人ばかりだから、暗くてもただ立っているだけの二人をすぐに見つけられた。
「柴又君! こんばんは!」
「こんばんは」
僕に気づくと高砂君は明るく挨拶をした。そして空へ指を差す。
「見て。僕の家がよく見えるよ。あっち!」
そちらを見上げると点々と星が輝いている。夕方までは大きな雲が広がっていたのに今はすっかりきれいな夜空だ。こんな星空見たことない。神社にお願いしてもここまで晴れてくれなかった。
「……高砂君はあそこから来たの?」
「そうだよ」
「どの星だろ? これで見れる?」
ケースに入れて天体望遠鏡を持ってきた。誕生日に買ってもらった僕の宝物だ。
「見れるよ! でも呼べば返事をしてくれる!」
高砂君が首元をまさぐる。ネックレスになっている小さな笛が出てきた。それを彼が吹く。笛らしい音色は出ない。息を吹いた音だけ。
「おーい!」
夜空に向かって手を振った。僕は高砂君と空のどちらを見ていればいいのかわからなかった。しばらく待つと高砂君が再び腕をいっぱいに伸ばして指を差した。
「ほら! 見て! 返事をくれたよ!」
確かにキラキラと強く点滅し始めた小さな一点を見つけた。青白く光っている。モールス信号のようだ。
「すごい……」
「僕を見守ってくれてるんだよ」
「あれは誰が返事をしてくれてるの? 高砂君の家族?」
「星だよ」
「星……」
高砂君はあの星に住んでいて、その星がこんなに早くこちらへ返事を返してくれる。
「不思議だ……」
「柴又君はこれから他の合図もわかるようになるかも!」
「他の合図?」
「地球と仲良くしたい星があるんだよ。地球にメッセージを送ってる。でも気づいてもらえない」
「高砂君の星もそう?」
「僕の星はひっそり。他の星と積極的に接触しない。僕は僕がここに来たいと思ってここに来た」
「何か目的があるの?」
「色んなものを収集しに来た! たとえば、植物。地球にはたくさん! 生息域も種類もいっぱい! 楽しい!」
花ちゃんは黙って僕らのやり取りを横で見ていた。何か言いたそうにも関わりたくなさそうにも見える。
「すごいね。高砂君って本当はアメリカよりずっと遠いところから来たんだね」
返事をしてくれるのが高砂君でも花ちゃんでもいいようにあいまいに話しかけた。
高砂君はにっこり笑った。花ちゃんは僕を見て小さく口を開いた。
「高砂君はそうでもない」
「え?」
「私の方がもっと遠くから来た」
ついにこの日が来た。花ちゃんから言い出した。聞いてしまっていいのだろうか。ようやく巡ってきたチャンスだ。今、尋ねなかったらいつ知れる?
「……花ちゃんはどこから来たの?」
「私……」
意を決して僕が尋ねると花ちゃんは顔を下げてしまった。初めて会った日と同じだ。悲しまないで。
これを避けたかったからずっと我慢してたのに。どこから来たのか。あの日の校舎裏の土管はなんだったのか。君は誰なのか。知りたかった。
「私、だんだん記憶が曖昧になってきてる。思い出さないと忘れちゃうのに最近全然思い出そうとしてなくて。忘れてもいいんだけど」
彼女は顔を上げ頭をぐしゃっと掻いた。後ろで結っていた髪も緩んだ。泣いてはいない。
「自分が、どっから来て、どんな人が家族だったのか、わからなくなってる。おばあちゃんだけだった。最後まで私に優しかったの。おばあちゃんだけは忘れたくない」
涙こそ流していないけれど、僕の質問一つでこんな苦しそうな表情をするなんて。僕の覚悟は大したものではなかった。
「きっと力を使う代わりに昔のことを忘れちゃうんだね。僕のも似てる」
花ちゃんの言っていることを理解しているらしい高砂君が優しく話しかけた。
「今までたくさん力を使ったね? 人の記憶をいじりましたか?」
「うん……」
「一人はとっても大変。すごい」
「……」
「柴又君には知られたくなかったですか?」
「……うん」
絞り出すような花ちゃんの声に体が強張った。