君よ動けるならば #14

 僕は動けなくて高砂君と花ちゃんの会話をただ聞いていた。
「花茶屋さん。もし、ここが嫌なら僕と帰る?」
「帰るって?」
「僕はまだしばらくここにいるけどいつかは帰る。その時は僕の家、一緒に帰る?」
「行かないよ……私は私の家に帰るよ……」
「あの家は一人でさびしい?」
「さびしくないよ」
「じゃあ、もっと楽しくなろう」
 高砂君が花ちゃんを遠くへ連れて行こうとしている。それは僕がさびしい。駄目だ。
「柴又君」
「は、はい!」
 高砂君は花ちゃんを見ながら僕を呼んだ。花ちゃんはかわいそうに縮こまってしまっている。僕の心臓もバクバク鳴っている。
「柴又君も一緒に行こうね!」
「え?」
 彼は振り返って僕を見る。本当、なんと大きな瞳だろう。
「みんなで僕の家に行くの、楽しいよ。お母さんもパパも喜ぶ。みんな歓迎する。僕の家から見るここはとってもきれい。きっと柴又君の知りたいこと、たくさん知れる。それはとってもいいことですね」
 わけのわからなさに思考が止まりながらも気もそぞろだ。
「僕の知りたいこと……」
「知ることは楽しいこと。だから一緒に行こうね?」
 高砂君の言葉に頷きかけた。おもしろそうだ。もちろん僕も行く。当たり前じゃないか。花ちゃんも一緒なら一石二鳥だ。今すぐ行こう。

「どこにも行かないよ!」

 今まで聞いた花ちゃんの声で一番大きな声だった。恥ずかしがり屋だから人前で音読や発言するのも苦手で努力していたことを僕は知っている。
 花ちゃんは僕の腕にしがみついて高砂君から僕を遠ざけながらも詰め寄るように言う。
「そんなのダメだよ! 柴は普通の人間だもん。普通の人間は気軽にあんなところ行かない。ここで生まれておじいちゃんになるまでここの人間だ。家族だっている。友達もたくさんいる。宇宙飛行士になるって夢もある。だから勉強も運動も部活も頑張ってる。柴はここにいなきゃダメだ。私が行かせない」
「柴又君は宇宙飛行士になりたいの?」
 花ちゃんの啖呵なんかものともしない高砂君は僕に尋ねる。短く肯定すると高砂君は高揚し声がさらに明るくなった。
「僕が叶えてあげる! 操縦を教えてあげるね! きっと柴又君なら簡単にできるよ。僕には少し難しいんだ」
「ダメだって言ったじゃん! 話聞いてた⁉」
 珍しく花ちゃんは怒っている。大声も続いている。きっと後で疲れてしまう。
「何十年も連れ回すわけじゃないよ? ほんの数日、僕の家においで」
「ちょっと宇宙まで連れて行きますって柴の家族に言えるの⁉」
「言えないの?」
「言えるわけないじゃん! 言っても信じないよ! 普通は冗談だと思うでしょ!」
「それならば言い方を変えよう」
 花ちゃんは顔を強ばらせた。
「花茶屋さん、もうすぐ夏休みだよ」
「なにぃ?」
「夏休みに友達を故郷へ招待します! これなら冗談にならない? 大人も信じてくれる? どう?」
「…………」
 花ちゃんも僕も何も言えなくなっていた。高砂君は大きなあくびをする。
「僕、帰るね。眠くなったから帰って眠ります」
「待ってよ!」
「待ってる。二人が遊びに来てくれるの楽しみにしてるね。さようなら」
 そそくさと高砂君は帰ってしまった。彼は意外と歩くのが速い。運動神経がいいんだ。力もあるみたいで腕相撲なんかもかなり強い。
「みんな自分勝手だ」
 花ちゃんが呟く。
「ごめんね」
 それに僕も含まれているはずなので咄嗟に謝った。はっきり言いたかったけど口ごもってしまった。
「私は星なんか見たくなかったよ」
 大声を出し切った彼女の声はしわがれていたけれどしっかり僕の耳に届いた。