荷造りの途中
これから僕は振り返ります。パパとお母さんが留学の前に今まであったことを思い出してごらんと言うのです。だからそうします。
僕の生まれた家は非常に大きかった。家族は何百人もいます。もしかしたら千人以上いたのかも。みんな親戚です。
僕は珍しい子供だったらしく特別な子だと言われ育てられました。「健康なまま無事に大人になってね」と大人たちはよく言っていました。僕は他の大勢の子供たちとは違ったのです。具体的に何が違っていたのかは理解していません。
他にも特別な子は何人かいて、その中の一人ととっても仲良しでした。彼は僕より少しお兄さんでした。彼も特別な子なのに僕を特別だと言ってくれていました。だから彼は僕にとっても特別でした。ずっと一緒に遊んでいました。
十歳になると彼も他の子供たちと同じように働き始めました。僕たちの一族の仕事の大半は農業です。彼はゴミ捨ての係りです。どんどんゴミを外に出します。一緒に遊ぶ時間は減ることになるけれど、お仕事の後にその日の出来事を話してくれました。
お仕事を始めて五日目くらいになると彼は泣いていました。僕が「どうしたの?」と問いかけると「なんでもないよ」と涙を隠して笑いました。僕はお仕事が辛いのだと思いました。彼の頬から僕の頬に涙の冷たさが伝わります。彼がかわいそうだったし、いつか自分もお仕事を始める日を想像すると恐ろしかった。
ある日、洪水が来ました。それ自体は珍しいことではないですがこの時の洪水は大変手の込んだもので温度がとても高かった。故意による洪水だって平気な我が家でしたがこんなに熱い水が流れてきたのは大人たちも初めてだったのでみんな混乱していました。
家は壊れ、農作物も駄目になってしまいました。犠牲になった仲間も大勢います。僕の特別な親友も不幸なことに亡くなってしまいました。
僕は悲しくて悲しくて毎日泣いています。それこそまた洪水になってしまうのではないかと大人たちに言われたくらいです。今思い出しても心苦しいです。
年々悲しみは深まるばかりです。みんなも彼の死を悼んでいたけれど僕ほどではなかったみたい。落ち込んでいる暇なんてなかったし彼の代わりに僕や他の子がいるから平気だったのです。
大人たちが頑張ったおかげで元の生活に近づいたのはすぐでした。もちろん完全に戻るはずありませんよね。
その間に僕は文字や計算をいっぱい覚えました。大人たちのする農業にも興味を持つことができました。そして僕も十歳になりました。しかし僕も彼と同じゴミ捨ての係りです。これも農業の大切なお仕事だと言われたので頑張ろうと思いました。
決められたゴミ捨て場にゴミを捨てるお仕事です。僕は体が小さく力もないので一つのバケツを持って往復するだけで疲れました。大人たちは大きなバケツを二つ持ってテキパキ動いていました。真似をしました。やっと持ち上げた二つのバケツの重さに耐えられず歩き出せません。一歩足を出すと同時に足を滑らしてゴミをまき散らしてしまいました。僕は彼が泣いていた理由がわかった気がしました。
四日目のことです。僕がバケツを持ってゴミを入れようとすると一人の大人に言われました。「明日、別のお仕事の説明をしようと思います。もう少し大人になってからあなたにしてもらうお仕事のお話です」と。僕は「わかりました」と答えました。すると周りの子たちがくすくす笑いました。彼女たちが何に笑ったのかこの時はわからなかったけれど、もしかしたら直接農業に関わることになるのかなと考えて楽しくなりました。
わくわくしながらゴミ捨てに行きました。ゴミ捨て場は家に近いところと外の遠いところにあります。この時は遠いゴミ捨て場へ向かっていました。もう何度も行った場所です。迷うはずありません。それなのに僕は迷ってしまいました。
気づいた時には知らない場所にいました。家への匂いも道もわかりません。僕は不安になって大きな声で助けを呼びました。誰も来ませんでした。
その場で待っていれば家の人が来てくれたかもしれません。でも僕は歩き回ってしまいました。そして完全に道から外れてしまったようなのです。
僕は空腹になり動けなくなって地面に寝転がりました。そして眠って朝が来ました。目覚めたけど起き上がれません。日の光は気持ちが良かったはずです。
再び寝てしまった僕を起こしたのはパパとお母さんでした。二人はご飯を分けてくれました。そして僕は事情を説明しました。僕の持ってるバケツを見て二人は驚きました。
親切な二人は一緒に家を探してくれましたが見つかりません。僕はとっても遠くまで来てしまったのです。どうしようかなと考えているとパパは「私たちと一緒に来るか?」と言いました。お母さんも「そうしましょう!」と言います。僕は旅人の彼らとどこかへ行くことに決めました。
そういうことなのでパパは穴を掘ってバケツごとゴミを埋めました。僕が持っていた唯一のものです。お母さんは「あなたには必要ないですからね」と言いました。
その代わりに僕に名前をくれました。元々あったものとは違う名前です。二人とおそろいです。
様々なことを見てきた両親から色々な話を聞きました。二人はとても物知りで僕は世間知らずだったんだと思いました。僕が特別な子だった理由もわかりました。僕は男です。
教えてもらった事柄の中から僕が興味を持ったのが植物でした。農業以外にも自然に育つ植物を知りたくなりました。この世界にはたくさんの種類の植物があるそうです。
そして両親と過ごして数年、ある場所への留学を勧められました。そこの木や花は今まで見てきたものよりも種類が多くて美しいと言います。僕は夢を見ました。
準備としてその場所の決まり事や言葉を二人から学びました。植物はたくさん生えているけれど好き勝手取ってはいけないとか自分の正体を自分から明かしてはいけないとか。
それに伴って僕はそこで使う名前を決めてもらいました。僕の今の名前は暗い道を明るくする光という意味だとお母さんが教えてくれました。そこから大きく輝くという名前を付けてくれました。よくいる名前らしいので同じ名前の子と出会えるでしょうか。楽しみです。
それから船の操縦。これも難しかった。無事にたどりつけるかな。ちょっと怖いです。
もう出発の日が近づいてるのに何もかもが離れがたいです。お母さんの目印になる姿もパパの口の周りの髭みたいな毛。ここに帰ってくればまた今の名前で呼んでもらえますがしばらくそうはいかないと思うとさみしい。
部屋がたくさんあるあたたかい家、おいしいキノコの味、ほめてくれる大人の優しい声、親友の唇のやわらかさ。今までの全部を捨てちゃったわけではないのに全部近くに置いておきたいそんな気持ち。全部忘れません。これから他にもたくさんのことを覚えます。お友達も欲しいです。
それでは今日はもう眠いので寝ます。おやすみなさい。