ハネられてレットウ
誰に似たのか彼女の髪は大きく波を打つ癖毛であった。
この髪を祖母は毎晩丹念に梳かす。朝になるときれいに編んでまとめた。彼女はその間ぼうっと座っていた。たまに眠くなって船を漕ぐ。すると祖母にしっかり座るよう注意される。
癖が強い髪のこの子は性格も癖があるに違いない。親戚が集まる中、親にそう指摘された。何を言われたのかわからず彼女は大人たちが笑っているのを見ていた。
少し成長して家族以外の子たちと遊ぶようになった頃、ふざけているうちに編んでいた髪が緩んでしまった。それを見てからかってきた子供がいた。一時的に髪が乱れたことを笑われたのではないと彼女は理解した。中には庇ってくれる子もいた。器用な子が髪を編み直してくれた。
次の日、編んである髪を引っ張られた彼女は思い切り泣いた。
涙と鼻水を垂らして帰ってきた日から祖母は薬を作り彼女の髪に付けるようになった。それから櫛で梳かした。しかし朝には押さえつけるようにきつく編み込んだ。これは最後まで変わらなかった。
そういう年頃になった彼女はハネられた。彼女以外に美しく賢く丈夫で今流行りな子供は他にたくさんいるのだった。
孫娘がハネられることが正式に決まると祖母は涙を流した。彼女は祖母に言った。
『私には原因だらけなのです』
落涙は止まず祖母は優しく彼女の髪を撫でた。
棺桶の中にはハネられた後にどんな世界へ行っても困らぬようにと金銭を入れる決まりがある。はした金だ。
それに加えて祖母はいつも使っていた櫛と薬を彼女に渡した。もうなんの役にも立たない。空高く打ち上げられる棺桶と共に燃えて消えるのだ。
棺桶に寝て固定された彼女は眠り薬を射たれた。祖母は彼女が眠りに就くまで頭を撫で続けた。
一糸まとわぬ彼女は羞恥と寒さを感じこの世を恨み、諦め、祖母を愛し、哀れんで瞼を閉じた。髪とは違う真っ直ぐな睫毛は濡れていた。
しかし棺桶は燃えなかった。打ち上がったままどこかの星に不時着したのだ。
その衝撃で彼女は目が覚めた。状況が判断できずこれから発射されるのかとしばらく待ってみたものの何も起こらない。
棺桶の中からのそのそと出てみれば見たことのない風景が広がっている。
大きく古い建物があるようだ。砂煙が酷く、立ち上がる気力もない彼女は座り込んでいた。
「─────⁉」
声が聞こえた。視界がはっきりしてくると彼女と同じくらいの年齢の子供がいた。少年は何かを彼女に言っている。彼女は彼の言葉がわからなかった。しかし馴染みがあるものだった。
短い間ではあったが、彼女は学校に通っていた。そこでは他言語の選択授業があった。
生徒たちに人気のある星がある。そこで最も多く使われている言語のクラスを彼女も選んだ。しかし希望者が多いため抽選に漏れてしまった。彼女は第九志望の言語を履修することとなった。授業は難しく成績は芳しくなかった。だが少年の言葉がそれだと耳で判断できた。
「痛い───ある?」
少年から聞き覚えのある音が聞こえ彼女は咄嗟に言った。
「ない」
正しい会話になっているのかわからなかった。少年は持っていた服を裸の彼女に被せた。
そして彼の家らしい建物に案内され風呂を用意してもらった。水を浴びて彼女の身は生き返ったようだった。
その後に少年は彼女の髪の毛を乾かしてくれた。慣れているようだ。暖かい風の出る機械を手に持って優しく髪をかき分ける。緊張がほんの少しやわらいだ彼女は一瞬眠気を覚えた。
「ねぇ、名前はなんていうの?」
彼の質問で目が覚める。今度は何を訊かれたのかわかった。
「ケイ」
「ケイちゃん? おうちは近い?」
おうち。家。
「ない」
「遠いの? どこから……」
彼女は発射される直前の気分になった。涙がじわりと出てくる。疲れていた。塩が足りない。寝てしまいたい。目をごしごし擦る。
異変に気がついたのか少年は少し早口で彼女に何かを伝えた。全く聞き取れなかった。
次は飲食店へ連れて行かれた。そこでは知らない匂いが漂っていた。
少年は何かを店員に注文し、運ばれてきたものを黒い板で調理した。彼女が指で板に触れようとすると少年は慌てて止めに入った。
完成したらしい茶色のそれを少年が平たいスプーンですくって食べた。
彼女も真似て口へ運んだ。熱い。濃い味が広がる。柔らかく粘ついているのに焦げている箇所がある。なんとも香ばしい。美味しい。力が出て彼女の表情は変わった。そして決心をした。生きることにした。
小学校の校舎裏に不時着し地面に埋め込んでいる棺桶を処分した。納められた六枚のコインと櫛は回収して薬を燃やした。
それから少年の家の近くに住んだ。
幸いなことに棺桶に入れられたお小遣いにも足りない金額は換金すると大金になった。
また、彼女には能力があった。これのおかげで役所にも学校にもご近所にも彼女は親戚の家に預けられることになった子供となった。家も名前も得た。
順調なのはここまでだった。小学校に通うようになった彼女に困難が続いた。
「花茶屋さんって喋らないね」
「おはようって言ったのに無視されたの」
「いつも怒ってるみたいだよね」
クラスの子たちが話しているのを陰で聞いていたが彼女は彼らの言っている内容がわからなかった。
「おはよう、花ちゃん」
あの時の少年もクラスメイトになった。彼は変わらず積極的に話しかけてくる。
「お……」
「花ちゃん、あいさつは大切だよ。無理して元気よく! とは言わないけどしっかり言わないと元気ないのかな? って思われちゃうよ」
「おはよっ!」
「うん、おはよう!」
挨拶を覚えた。一つ、できることが増えた。友好的なこの少年をお手本にすることに決めた。おはよう、おはよう、おはよう。明日は自分から言いたい。そう彼女は思い、小さい目標を立てた。