Gold can Stay #03

 ひのでと三郷は順調に親しくなった。
 三郷が所属する演劇部の活動のある日以外はプレハブ小屋へ遊びに来た。まさかこうも頻繁に来てくれるとは思いもしなかったのでひのでは面食らった。しかしこれは好機だった。
 親の仕事が遅くなる日や弟の下校時間が早い日などはどこにも寄らずにすぐ帰宅する。そういった日はあったが、ひのでも放課後の多くはプレハブで過ごした。
 初めの二、三日こそぎこちなかった二人は絵を描いてみたり宿題をしたりパンを食べたり歌ったり盛り上がりもない会話をして友人らしい関係になった。美術科の友人たちと過ごす授業や昼休みもにぎやかで愉快だったが、また違う刺激を受けていた。

 三郷暖はひのでが思っていた以上にいい人間だった。それは外面的なもので、そのうち剥がれ落ちるのだろうかと静観していたが一向にその様子はない。
 音楽科というだけで華やかな印象を受ける。自分とは違った世界の人間のように思えた。実際に音楽科の生徒には音楽一家の生まれも多く、良家の子女も少なくない。三郷も例に漏れず育ちの良さを感じさせた。
 しかし厭味ったらしくそれをひけらかすことはなかった。礼儀も愛想もいい。ひのでと同じ新品の制服を着ているのに彼が身に着けているとまるで一級品のようだ。控えめにやわらかく笑って丸い目を細める。上品で優しい表情は貴公子然としていた。
 ひのでは知らないことを三郷から教えてもらった。音楽科の授業のこと、歌のこと、劇のこと、ミュージカル、映画、演劇部、三郷自身。どれも楽しそうに話してくれた。それを聞いてひのでも喜んでいた。
 また、ひのでが話すことにも彼はにこにこしながら気持ち良く耳を傾けてくれた。少しくらい性格が悪くないと世の中のバランスが取れないのではないかとひのでが思うくらいだった。

 ある日、三郷からミュージカル劇のブルーレイディスクを借りた。彼のおすすめはどんなものかと試しに再生してみると劇中歌は頭の中で鳴り響き続けることになった。三郷の世界を見聞きして縁遠いと思っていた物事が案外身近で馴染みのあるものだとひのでは知った。
 物語は昔から好きだった。特撮ヒーローを毎週楽しみに見ていた時代があった。ごっこ遊びにも興じた。おままごとはひのでの羞恥心に火を点け、破壊行為に繋がってどうも駄目だった。
 高校生になるまで人並みに漫画やアニメ、映画などの映像作品に触れてきた。だが音楽は取り立てるものではなかった。好きなアーティストも特にいない。
 それなのに聞こえ方が変わった。幼い頃にこの楽しさ、美しさに出会って気づけていたら、ひのでも大きな影響を受けて三郷と同じ道にいたかもしれない。そんなことを一度だけ考えた。欲しくてたまらなかった美術科のクロスタイではなく音楽科のリボンタイを付ける自分を思い浮かべる。滑稽であった。
 ひのでは三郷といると心安らぎながらも胸が弾んだ。とにかく楽しかった。気立てが良く、気の合うこの青年と会う放課後はその日の学校生活の素敵な締め括りとなった。悪いことがあった日には不安や不満を打ち消し凹んだ気持ちを補填した。
 それでも絵に描いたような好青年に絵のモデルになってほしいことは伝えられなかった。