Gold can Stay #04
ひのでと三郷が出会って二ヶ月ほど過ぎた。三郷が放課後に音楽室を借りていた理由である歌の試験も数日前に終わって、共に過ごす時間が増えている。
この日も二人はあれこれ話していた。
「今日は雨がやんで良かったね」
三郷の敬語はすでに外れている。そのことに気づいた時、ひのではほくそ笑んだ。
プレハブ小屋と音楽室の窓越しに目が合ったあの日から二人は気が置けない仲だが、三郷の丁寧な話口調はただ唯一感じる壁のようなものであった。もっと砕けて話せばいいのに。そう思いながらもひのでは口に出さなかった。謙虚な言葉遣いは温和な三郷に似合うし、彼なりの礼儀なのだと受け取ろうとしていたからだ。
しかし、もうあれこれ考えるのはよした。
「昨日の部活でね、『三銃士』をやることに決まったんだ」
三郷の所属する演劇部は数ある部活動でも大きい組織だ。部員の人数が多く、演技だけでなく美術や衣装、音楽にもこれでもかとこだわって舞台を作っている。
卒業生にはテレビ、映画、舞台などで活躍する名優たちがいる。それだけでなく様々な界隈で活躍している著名人も輩出している。彼らに憧れ入部を希望する新入生も多い。あまりに多すぎて望む役職によっては人数を制限する年もあった。
そんな演劇部の一番の大舞台は文化祭である。三郷は文化祭での演目が決まる日を今か今かと心待ちにしていた。だが、ひのでには今の三郷が喜んでいるようにはとても見えなかった。
「先生と先輩たちが作品をいくつか選んで、部員たちに多数決取ってさらに絞って選考されて決めたんだって」
「へぇ。多数決だけで決まんないんだな」
「変だよね。それでね……」
三郷が恥じらうように言葉を詰まらせた。
「三銃士の三人は三年生の先輩から選ばれるんだけど……ああ、メインキャストは毎年、主に三年生が演じるんだって」
「それじゃ暖は脇役か裏方?」
「だと思ってたんだけど。役は欲しいけど裏方なら照明とかいいかなって考えてて。衣装は僕、裁縫が駄目だからなぁ……手芸部も参加してくれるんだって。プロみたいな衣装作るんだよ。ドレスとかすごくて」
ひのでは彼の話し方がまどろっこしく感じた。
「お前は照明をやるって決まったわけ?」
「……ダルタニアン役を一、二年生から決めるって話があって」
やっと三郷は本題に入ろうとしてくれた。
「何役?」
「ダルタニアン……『三銃士』の主人公だよ」
「三銃士が主役じゃないんだ」
そのまま「そもそもそれってどんな話?」と続けそうになったが、ひのではぐっと堪えて三郷の話を聞いた。
「それで、ダルタニアン役をやりたい人は立候補して……オーディションするって……」
「頑張れよ‼」
「え⁉ 僕、やるなんて言ってないよ!」
「あ⁉ やんないの⁉」
二人揃って驚き、顔を見合わせた。先に視線を下げたのは三郷だった。
「やりたいなとは思ってるよ。でも」
「受かる自信がないの?」
「受ける勇気がないというか」
「なんでよ? 自分が一年だからとか?」
ひのでが言い当てたからなのか三郷は顔を赤らめた。
「二年の先輩たちが盛り上がってて。もちろん一年だってその話で解散後ももちきりだったんだけど……立候補しづらくて昨日の部活の時にはやりたいですって言えなかったんだ」
「やりたければやればいいじゃん。と、俺は思うけどね。一、二年が対象なんだろ? あなたにも権利があるわけですから」
三郷は頬杖をつく。
「仮に受けて合格しても僕に主役が務まると思う?」
思わずひのでは笑った。そのせいか三郷が拗ねて作業台テーブルに伏せたことでもっとおかしくなってしまった。
「ほら、もうそこまで考えられるんならオーディションも受けられるよ」
歌のテストのために何日も放課後に残って納得するまで練習していた三郷のことだ。きっと何事も完璧にやり遂げたいのだろう。
「やるだけやってみな。大丈夫だって」
うなだれている頭をぽんぽんと撫でる。
「受かったらもちろんすごいし、一年先に演劇部で腕磨いてる先輩たちがいるんだ。勝てっこないって気持ちも大事だぞ。それに受けないと後悔するだろ」
「……うん」
「オーディション頑張ったら何かご褒美をあげよう」
弟に言うような冗談を言ってみた。効果はあったようだ。暖は顔を上げ深呼吸し「頑張る!」と意気込んだ。