Gold can Stay #11

 ひのでの目が覚めるとそこはリビングだった。ソファーで横になっている。上半身だけ起こして辺りを見渡すとテーブルはほぼ空のスナック菓子の袋やコップで散らかっていた。
 昨夜は遅くに映画を観始めて、そのままここで寝てしまったのだとひのではすぐに理解できた。
 大きいL字型のソファーでぐっすり眠り込んでしまっていた。もう午前十時になる。三郷の姿は見えない。瞼をこすり立ち上がると足に当たるものがあった。三郷の頭だ。
 声をかけてもぐっすり眠っている三郷を揺らして起こす。今日もどこかへ出かける予定のはずだ。目を開けた三郷はむにゃむにゃと口を動かし始めた。
「……深川君って朝に産まれたの?」
 寝ぼけている。寝言に返事をしてはいけないと聞いたことがある。この場合も無視した方がいいのだろうか。しかし三郷の目は眩しそうに細めながらもひのでを見て答えを待っているようだった。
「そうだよ。早朝に産まれたんだってさ」
「そうなんだ。いいね」
 漢字の名前に強く憧れていた小学生の頃、担任の先生に「人工衛星みたいでかっこいい名前だよ」と言われてなんだか嬉しくなったことを思い出す。
 突然、朝早く生まれたおかげで祖父母には寝不足だの朝食が食べられなかっただの言われたこともある。それでもその日の朝は大変美しかったのだそうだ。
 今度はひのでが名前の由来を尋ね返し、三郷は再びゆっくり話し出す。初めて会った時から不思議な響きだがいい名前だと思っていた。
 名付けの理由もあの両親らしいものだ。この子は愛されている。そんな大切な御令息を布団も絨毯も敷いていない硬い床で寝かせてしまった。罪悪感と優越感の両方を少しずつ噛みしめた。
「ほら、立ちな」
「うぅん」
「今日はどうすんの」
「今日は、江の島に行くよ」
 三郷の腕を引っ張り上げてひのでは彼を起こす。寝癖で浮き上がった三郷の髪を戻すように撫でてみたが、水で濡らさないと整いそうにない。手のひらで上から下へ頭を強く押さえつけるとその勢いに三郷はふらつきひのでの肩に寄りかかった。
「……重いよ」
「体が痛い……」
「そりゃそうだ。床で寝てたんだから」
 ひのでは三郷を自分の肩からそっと離して昨夜の残りのスナック菓子の欠片に手を出した。
 こういうのをなんと言ったか。弟がいつか説明してくれた。動物は緊張や不安をやわらげ、自分を落ち着かせるためにそれまでと全く関係ない行動を取る。人間もそうだ。今のひのでもそうだった。
「あれ。全部食べ切ったと思ってた。まだちょっと残ってたんだね」
 三郷も非常に小さい欠片を一つ手に取って口に入れる。
「湿気っちゃってるね」
 でも味は美味しいと三郷はにこやかに言う。ひのでには味がわからなかった。