他人の寝言で踊っても

「これいる?」
 倉庫と化した埃っぽい二人きりのプレハブ小屋に一輪の赤いバラが登場した。丁寧にラッピングされたそれをひのではぶっきら棒に暖へ差し出す。
「バラ⁉ くれるの? 僕に?」
「どうぞ」
「わぁ~! ありがとう!」
 暖は両手で優しく受け取り、すんと花の匂いを確かめた。酔わせるような豊かな香りが暖を包む。
「いい香り……でも、どうしたの?」
「いや、クラスの園芸部が……」決まりが悪そうにひのでは頭をかいた。「誰かに渡してって渡してきて」
「え? その子からのプレゼントを僕がもらっちゃっていいの?」
「誰かにあげるって条件でもらったもんなんで」
「そう……おもしろいね……」
「いらなかったらいいよ。家族に渡す……家のどっかに飾る……」
「僕がもらう! もうもらった!」
 暖は取り返そうとしたひのでの手を握ってバラを彼から遠ざけた。
「あー……うん。何日か持つって言ってたから寮にでも飾って」
「うん!」
 面映ゆそうにしているひのでを見て暖は自分に渡してくれたことを嚙みしめた。ひのでの照れが自分にも移ったのを感じ、誤魔化すように話を振った。
「バラって色や本数で花言葉変わるよね⁉ 赤の一本のバラってどういう意味だろう⁉」
「花言葉ぁ? そんなんどうでもいいじゃん」
 度々ひのではこうして不機嫌な物言いをする。違うと感じたことを素直に言葉にする。もちろんいいと思ったこともそのまま口にする。暖は彼の遠慮のないところを好ましく思いながらもまだ上手く対応できなかった。
「そうかな……? 僕、つい考えちゃうかも」
「だって俺、花言葉なんて知らない。なのに勝手に意味汲み取られたらこっちの考えとすれ違っちゃうだろ」
「うん、ごめん……」
「謝んなよぉ」
 暖はどうしていいのかわからず黙ってしまった。ひのでも自身の言い方が悪かったことを省みて釈明するように別の言葉を選んだ。
「俺が言いたいのは、このバラを暖にあげようって思ったんだよってこと。それだけなの。そこに余計な努力、友情、勝利とか誰かが決めた意味はない。わかった?」
「わかっ……た…………?」
「わかってないだろ! 暖はこのバラを見てどう思った⁉」
「きれいだなぁって思った!」
「俺からこのバラをもらってどう感じた⁉」
「嬉しい!」
「なら、良し‼」
 ひのでは打って変わって誇らしげな表情をした。暖の真っ赤な顔を見て真意が伝わったことを確信した。
「腹減った! ラーメンでも食べて帰るか」
「……いいけど。バラ持ってラーメン屋さん入るの? おかしくない?」
「おかしくはないだろ。バラにラーメンの香り知ってもらおうぜ」
 暖は夢と現実の境を行ったり来たりしているような心地だった。どちらにしろ目の前にはひのでがいる。それで今は十分だった。