無理にきかないで #01

 真後ろに誰かがいる。そう気づいてすぐに心臓の鼓動が激しくなるのがわかった。
 商店街の小さい本屋から出てすぐ、何者かにあとをつけられている気配を感じた。まだ日中だ。人通りもある。気のせいかもしれない。そう思いながら用もなく書道用品店へ入る。店内をゆっくり二周して店を出た。
 それでも駄目だった。まさか自分がこんな恐怖を抱くとは思いもしなかった。何かの間違いであってほしい。確認したい。安心したい。しかし振り向くのが恐ろしい。
 帰路を外れ適当な道へ進む。角を曲がった瞬間に横目で後ろを確認するとキャップ帽を目深に被った中肉中背の男性がいた。顔はわからない。服装は黒ずくめだ。
 こんなことならいつものように友人とどこかへ寄り道してから本屋に行けば良かった。楽しみにしていた漫画の最新巻を早く手に入れたい気持ちが先走っていた。後悔してもどうしようもない。
 歩く速度を上げると相手も速足になったようだ。不安心が足を前へ前へ動かし普段通らない住宅街を進んで行く。
 次の角を曲がってすぐに走り出した。肩にかけてある通学カバンが体に当たって邪魔だ。それでも一所懸命に走る。体育の授業でもこんな全力で走ることはない。
 家を特定されないよう更に遠回りした。息も切れてきた頃、走りながら思い切って後ろを振り向いてみる。誰もいない。足が止まる。
「なんだったんだ……」
 頬を流れる汗を拭い、力が抜け切る前に再び駆け足で家に向かった。

 マンションの三階まで階段で上り一室に入る。内側から鍵をかけてドアスコープを覗いた。何もないし誰も来ない。もう大丈夫だ。
 全速力で走り汗だくになっていた。このまま風呂に入ってしまおうと玄関のドアに正面から預けていた体を起こす。振り返ると廊下に人影があった。
「ひっ……!」
 驚いて尻餅をついた。それと同時に強く頭をドアにぶつけ、狭い土間に並べてあった普段使いの靴が散らばった。止まりかけていた汗が吹き出てくる。
「やぁ、ご機嫌いかがかな」
 その人物は子供だった。さっきの男とは全く違う。金の長い髪と凛々しい青い目の持ち主だ。
「え……どちら様……?」
「はじめまして。オレは──」
「お母さん‼ いるの⁉」
 家のどこにいても届くくらいの大きな声を出した。母は留守のはずだ。ひっちゃかめっちゃかになってしまった玄関に仕事用の靴は見当たらない。
「君のお母上はいないよ。この家には君とオレだけだ」
「誰⁉ 不法侵入だ! 警察に……」
「オレの姿がわかるのは君だけだよ。オレの存在は証明できない。やめておきなさい」
 カバンから出した携帯電話はふわりと浮いて子供の手へ渡ってしまった。
「げえ⁉ 何⁉ マジック⁉ どうやった⁉」
「そう、マジック。魔法だ。手品じゃないよ」
 そう言うと子供は一歩前に出る。
「君はいつまでそうしているつもりだ。立ちなさい」
 子供が右手を下から上へ煽る。体がすっと軽くなり力も入れていないのに勝手に立ち上がった。
「うわぁ……変な感覚……」
「それと確認しておきたいことがあるんだけれども」
 名前と生年月日を言い当てられた。
「うん。本人で間違いないようだね」
「なんで俺の名前知ってるの……? お前、誰なの?」
「オレはヨウコ。君の願いを叶えに来たちょっと特別な魔法使いだよ」