無理にきかないで #04
少年は床に寝そべって漫画を読んでいた。しばらくして手を止め目線を上げる。
「なぁ、何かして遊ばない?」
麗らかな晴れた土曜日の午後。少年の母は友人に会いに、父は床屋に行くついでに散歩に出かけていた。
少年も友人から借りた漫画を読んで休日を楽しんでいる。一方、ヨウコはそんな彼の頭上に浮いてぶらぶらしていた。
「君、勉強しないのか?」
「勉強? テスト終わったばっかだよ? 今週は難しい宿題も出てないし今日はやんない」
「誰かと遊びに行ったりしないのか? 友達がいないのかな? オレの力の出番だな?」
「予定合えば遊びに行くことだってあるよ!」
「合わないんだ」
「俺の友達って家で店やってて手伝ってるやつとか、よその店でバイトしてるやつ多いんだよなぁ」
「君もすればいい」
「いや、うちの学校バイト禁止なんだよ。すごい進学校ってわけでもないのに変だと思うけど校則破ろうとは俺は思わないよ」
「漫画は? まだ続きがあるんじゃないのか?」
「あと二巻で終わっちゃうけどそれは寝る前まで取っておく」
漫画を机の上に移動させ、好きな漫画でいっぱいになっている本棚の一番下の収納ケースから次々とゲームを出して床に並べる。
「ヨウコだって暇だろ? 何して遊ぶ? 囲碁とか将棋のルールわかる? 双六なんかもあるけど。トランプって二人だと何ができるんだっけ? スピードとか神経衰弱か」
「やるとは言ってないんだが」
「遊び方知らないなら教える~」
「はぁ……将棋かチェスなら」
「将棋できんの⁉ やろやろ!」
素早く少年はマグネット将棋を準備する。
「負けても泣くなよ、ヨウコ」
「ふぅん。腕に覚えがあるようだね。オレも久方ぶりなので胸を借りようとしようか」
お互い示し合わせたわけではないのに十秒将棋になり、少年は二十分後にあっけなく負けた。ルールを知っている程度のレベルであった。
「手筋ってわかるか? 攻め方を覚えるといい」
「くっそーーー! もう一回やろう!」
「君と指しても楽しくないよ」
「え~⁉ そんなこと言うなよ〜! ヨウコなんでそんな強いの? いつ将棋知った?」
「……それは」
ヨウコが何かを言おうと小さな口を開ける。その瞬間、家の玄関が開く音が小さく聞こえてきたので二人は黙った。
しばらくして少年の父がノックして少年の部屋に入ってきた。
「おかえり!」
「ただいま。おっ、詰将棋してたのか?」
「あぁ、うん。久々に」
「ちょっと相談があって」
少年以外の人間はヨウコの姿を見ることができない。わかってはいたが少年は内心バクバクしていた。
「お母さん、友達と夕飯食べて帰って来るって言ってたからピザでも頼もうかと思うけど、どう?」
父はポストに入っていたであろうピザ屋のチラシを少年に見せた。
「いいよ。お母さんがいない時くらいにしか食べられないもんね」
「な! 父さんは週に五回くらい食べたくなるよ」
「それだから食べさせてもらえないんじゃない?」
注文する種類をあらかた決め、父が予約の電話をすることになり父は息子の部屋を出た。
親子が話している間、空中をふらふら飛んでいたヨウコが下りてきた。
「母上はピザってのが嫌いなのか?」
「食べたいって言うとなんでかいい顔しないんだよな。毎日食べるわけじゃないんだから太ったりしないと思うけど。ピザトーストは許してもらえるんだよ? 意味わからないよな」
「へぇ」
「そんで⁉ 将棋もう一局する⁉」
「父上を誘ったらどうだ」
「こういうゲームは昔からやんないんだよね。賭け事とか嫌いみたいだしそれの延長なのかなぁ」
少年は香車を親指と人差し指で転がす。やがて二本の指の隙間から滑り落ちた。それをヨウコは指一本で拾い上げ少年の元へ返した。
「はぁ……将棋は君が不利だからな。オレの知らない遊びをご教授くださいませ」
「おぉ! 何がいいかな!」
少年は何度も負けた。その都度ヨウコに再び勝負を挑む。これが日常の一部になっていった。