無理にきかないで #05

 両親が揃って仕事の遅い日は少なくない。そんな日の少年は自分で夕飯を用意する。
 今日もそうだ。宿題を済ませて学校の図書館で借りた料理の本を広げた。
「君は一人で料理ができるのか」
「まぁね! 楽しいから料理番組とか見て真似してる」
「上手くなりたいか?」
「うん。もう指切ったり焦がしたりしなくなったし日々精進してるよ」
「師匠がいないんじゃ上達にも限界があるのでは?」
「そうだけど……もしかして願い事を決めさせるつもり? 俺は自分の力で料理上手くなるんだよ!」
 少年はパラパラとレシピ本をめくる。冷蔵庫にある食材で作れるものがあるか探すのだ。
「この間の赤くて細いやつも君が作ったのか?」
「赤くて細い? ……ナポリタンのことかな? そうだよ」
「器用なものだな」
「ナポリタン知らないの? 食べたことない?」
「ない」
「そもそも魔法使いのご飯って何? カリカリにしたタランチュラとか?」
「それ作って君の感想を聞かせてくれよ」
「今日ナポリタンにしよっかな。ヨウコも食べてみる? 食べなよ! 一人前って作るの難しいんだよ」
「えー……」
「頑張って作っちゃうよー!」
「君は見かけによらず手前勝手だ」
 慣れた料理なので少年は手際良く調理を進めていく。家にある一番大きい鍋でお湯を沸かし、玉ねぎとピーマンとベーコンを切ってフライパンで炒める。
「赤いのは何?」
「ケチャップだよ」
「何でできている?」
「トマト」
「トマトか」
「トマトは知ってるんだね」
 麺が茹で上がればもう完成だ。

「パスタの量これくらいでいい?」
「もっと少なくていい。君がたくさん食べなさい」
 少年は盛りつけにこだわった。初めて家族以外の人物に自分の料理を食べてもらう。両親だって彼の作ったものを食べたことは数回だ。
「粉チーズあったらなぁ。うちじゃなかなか使わないんだよな」
「ふぅん」
 きれいに皿へ乗せられたナポリタンをヨウコはまじまじと見つめた。
「美味しくなかったら残してもいいからね」
「わかった」
 ヨウコがフォークを握りパスタを持ち上げる。しかし麺は逃げてヨウコの顔にソースが跳ねた。
「あーあー……フォークでくるくる〜って巻いて食べるんだよ」
「先に言うべきではないのか? ナポリタンを知らないオレが正しい食べ方を知っていると思ったのか? 少しは考えたらどうだ」
「はい……俺が悪かったよ……」
 少年はティッシュでヨウコの顔を拭いてやった。そしてヨウコがパスタそのものを食べたことがないのだと確信した。
 言われた通りにヨウコはフォークにパスタを巻きつけ一口食べた。よく噛んで飲み込む。
「どう? 美味しい?」
「うーん……うん、多分」
「多分ってなんだよ」
「他のナポリタンを食べたことがないから比較できない」
「比較って……そりゃプロの味は再現できないけど美味いか不味いかはわかるじゃんか」
「またこれを作ってみろ。今日より美味しく作りなさい。明日でもいい」
「二日連続で同じもの食べたくない! カレーならまだしも」
「カレー? 聞いたことあるな」
 少年がカレーの説明をしながら二人の夕食は進んだ。ナポリタンを残さず食べ終えたヨウコの口元はケチャップでくわんくわんになっていた。