無理にきかないで #07
下校中に通り雨に降られてしまった少年はびしょびしょになって帰ってきた。
「ただいま~寒~~~」
「おかえりなさい。あの……」
出迎えてきたヨウコはまごまごしながら少年に伝える。
「外に出ていたの、家の中に入れてしまったが良かったか?」
「え? あ! 洗濯物!」
仕事に行く前の母が昼間に干した洗濯物は帰宅した少年が取り込むルールだ。屋根のあるベランダに干してあったが今日は短くも横殴りの雨だった。
「ありがと~ヨウコ~! ちょっと湿ってるけど助かった~! 気ぃ利くぅ!」
「そうか」
ヨウコは誇らしげだ。少年は濡れてしまった洗濯物を乾燥機に入れる。
「よし。俺シャワー浴びてくるよ。ヨウコは寒くない? ちょっと濡れてるんじゃない?」
少年はヨウコの長い髪に軽く触れる。想像より濡れていなかった。ヨウコの背丈は洗濯物に届きそうもないし、魔法を使って取り込んだのだろう。
「……ヨウコ、風呂入ってるの?」
「失礼だな。オレは風呂が好きだ。誰もいない間、風呂場を拝借している。サウナにしている」
「サウナにしているって何?」
「仕方がない。見せてやる」
ヨウコの力で一瞬にしてサウナへ変化した風呂場で二人は汗を流した。ギブアップした少年が冷水を浴びるとサウナはいつもの風呂場に戻っていた。
「暑くなったし素麺でも食べるか」
風呂上がりの少年は台所の棚を確認した。麺類用のケースを開ける。
「素麺ないや。ひやむぎ茹でよう」
「暑いのに熱いもの食べるのか?」
「冷たいひやむぎだよ」
「冷たいもの作るのに茹でるのか?」
「まぁ、見てなさいって」
鍋にたっぷりのお湯を沸かしそこにひやむぎをバラバラと入れる。吹きこぼれに注意しながら二分茹でる。その間にネギを細かく切った。
「具はこれだけ?」
「薬味だよ」
「薬?」
「違うよ。入れると違う美味しさあるんだよ」
茹でたひやむぎをザルに移して流水で洗う。湯気が立ち込める先をヨウコはじっと見つめていた。
「麵つゆを水で薄めたのにつけながら食べるんだぞ」
「ふぅん」
麺を吸うのが苦手なヨウコは一口一口嚙みちぎって食べ始めた。
「ヨウコ、箸の持ち方上手になったな。思ってより早いよ」
ヨウコは少年の作った料理をよく食べるようになっていた。頻繁に、出された量をしっかりと。しばらくはどんな料理もフォークで食べていたがいつしか弁当用の軽く短い箸を使うようになった。
そしてヨウコが感想を述べることはなかった。ただ食べた。毎回文句も言わない。どんな量も食べきるので少年は満足していた。
その日の夜。
「ヨウコ、いつもどこで寝てる?」
少年が眠る頃には毎晩ヨウコはいなくなる。おそらく姿が見えなくなっているだけで家にはいるのであろう。
「適当に。最近はソファー」
「ちゃんと寝られる?」
「お父上もガーガー寝ている時があるぞ」
「それはただ寝落ちてるだけだろ」
「ちゃんと起こしてくれるんだな、母上は」
「一緒に寝る?」
「はぁ?」
いくら本当は大人だと言われてもこんな小さい子供がベッドサイズではないソファーで寝ている事実にいたたまれなくなった。余計なお世話だろうが少年は提案せずにはいられなかった。
「シングルだからさ、せっまいけど詰めれば一緒に寝られるんじゃないかな」
「寝返りも打てない狭い場所で寝られるか」
「えー⁉ ソファーで寝てるくせに!」
「こういうことだ」
ヨウコは少年の部屋にあるベッドに向けて揃えた両の掌を見せる。大きく外へ両腕を広げるとベッドが広く伸びた。
「えーーー⁉ どうなってんの⁉」
部屋に入るようなサイズではないベッドが部屋に入っている。他の家具の大きさや配置などは変わりない。キングサイズのベッドは幻ではなく触れられる。
「何これ目の錯覚?」
「これなら一緒に寝てやる」
ヨウコがいつも羽織っている黒のケープを脱ぐと、ケープは消えて一つの枕が出てきた。
「おやすみなさい」
つかつかと布団に入りヨウコは瞬時に眠ってしまった。
「勝手なやつだなぁ……」
少年も横になる。いつものベットよりふかふかしているように感じた。彼もまたすんなり寝た。