無理にきかないで #10
学校から帰宅した空腹の少年はホットケーキを焼いていた。
料理が趣味である少年だが凝った菓子は専門外だ。簡単なホットケーキだけは小腹を満たすものとして時たま作っていた。
今日はたくさん焼いたので食べきれない分は冷凍しようと考えていたがどうやら余ることはなさそうだ。
ヨウコはメープルシロップでベタベタになった口をそのままにして食べ続ける。まるでただの子供のようだ。
子供の姿をしているだけだと本人は言っているが何歳なのか。もう何百年と生きているのだろうか。ヨウコにヨウコのことを質問しても答えてもらえないと少年は判断した。熱いカフェオレを一口すする。
「願い事でさ、不老不死を願った人っている?」
テーブルの向かい側でヨウコはもちゃもちゃとホットケーキを頬に溜めている。よく噛む。そして過去を振り返りながら飲み込んだ。
「……うん、不老ならいたな」
「へぇ~! 何歳くらいの人? 男? 女?」
「五十代の女性。もうこれ以上は年を取りたくないと言っていた」
「魔女みたいだね」
「ふふ。魔法使いになりたいと願った人間もいたぞ」
「魔法使いになった人がいるの⁉」
少年は驚き、フォークを持つ手が止まった。
「いた。オレと同じような存在になりたいと望んだ人間が」
「すごい! その人は今どっちの世界で生活してるの?」
「向こうにいるよ。人間ではないからこっちで暮らしてはいけないのさ。簡単に行き来できるわけじゃないんだ。彼は家族や友人とはもう二度と会う気がなかったようだし何もかもちょうど良かったんだな」
「すごい人もいたもんだ」
「君もどうだ?」
少年は両親や学校の友人を思い浮かべ考えた。みんなと会えなくなる。それは嫌だ。できることならこの日常は変えたくないと思えた。
「君には置いていけない人が多いものね」
ヨウコの言葉に少年は返答できなかった。しかし生まれ持った眠たそうな目尻をさらに下げて微笑む。
「行き来できるならいいのにな。ヨウコの世界見てみたいよ」
少年は古いヨーロッパの街並みを想像した。道を進むと暗い森に続いてそこにヨウコの家がある。訪問者を知らせるようにカラスが鳴き始める。一見怖いが家主がヨウコなら恐れることはない。
「……少年、あと一年だ」
「何が?」
主の声でファンタジーな景色は瞬時に消え去った。
「なかなか君が願い事を決めてくれないから期限を設けよう」
「えー⁉ なんで? 突然だなぁ。一年で決まるかな」
「その間にオレが君を強欲非道な男にしてあげるよ」
「こわーい! なんか焦ってきた……」
「一年はすぐだ。一年なんてオレにとっちゃそうだな……君が学校へ行って帰ってくるくらい。そんくらい短い」
もしかしたら千人の願いを叶えるに千年かかっているのではないか。そう考えてみて少年は気が遠くなった。ヨウコには百年なんて足りないのかもしれない。