無理にきかないで #11

 乗馬にバクテン、一人カラオケ、かっこいいバーで酒を飲む。

 ある休みの日、本屋へ出かけた少年は遠回りして帰っていた。
 ふと神社が目に入りそのまま足を運ぶ。さほど大きい神社ではないが参拝客でにぎわっていた。おみくじで盛り上がっている家族連れや、どのお守りを買おうか迷っている男女がいる。
 色とりどりに並んでいるお守りの他にもお札や数珠もあった。少年は初穂料とご利益が書いてある札に目を向けた。

『学業』
 勉強しなくてもテストで満点が取れたらどれだけ遊びに時間を費やせるだろうか。成績上位者の一番上には常に自分の名前が輝き続けるのだ。
 いい大学に行けたらいい会社に勤められるかもしれない。大人になった自分を想像する。平均点を越えれば自分を合格にしている彼にはピンと来なかった。
 そもそも勉強せずともテストが解けるというのはどういうことだろう。教科書の全てを暗記し理解できる脳を得られるのか。不思議な力で何も考えなくてもスラスラと回答用紙を埋められるのか。帰ったらヨウコに確認してみよう。

『金運』
 何も賢くなった自分の力で得なくてもポンと大金が手に入ればいい。昔から仕事ばかりの親には楽をしてもらえるだろうし欲しいものはなんだって買える。だが少年には欲しいものが思いつかない。もう欲しい漫画は買った。その都度、必要なものを買えばいい。金がいくらあったとしても全て新しいものに買い替えるのはもったいない。貧乏性だ。
 ヨウコの言っていた話のように金持ちであるという理由で殺されてしまうなんてこともあるかわからない。

『縁結び』
 友人には恵まれているけれどまだ恋も愛も少年はわからない。それでもいつか誰かを心から愛した時、その人は自分を愛してくれるだろうか? そうなれば嬉しい。奇跡のように感じるはずだ。
 それが魔法の力によるものだったら罪悪感に襲われるだろう。おかしくなるくらい人を好きになったら魔法でもいいと思ってしまうものなのか。少年にはわからない。

『健康・安全』
 今のところおかしいところはない。体も心も健康だ。これまで大きな怪我も病気もなく過ごしてきた。これからもそうであれば大抵のことはどうにでもなるのではなかろうか? それに事故などに遭わなければ尚のこと良い。
 健康第一と交通安全。どちらの意味も含まれている都合のいい言葉はないか。後で調べてみよう。

 しばらく社務所の前で腕を組んで真剣に考えていた少年は四つのお守りをいただくことにした。

「願い事決まった!」
 少年が家へ戻るとヨウコは少年の部屋にあるハードカバーの小説を読んでいた。
「ほう。言ってごらん」
 本を置いてヨウコが少年の顔を正面から見上げる。少年ははっきりと願いを口にした。
「無事息災!」
「はあ?」
 かわいらしい顔が瞬時に眉に皺を寄せて渋くなる。少年は弁明した。
「真剣に考えた結果、それが一番いいって思ったんだ。根本っていうか……わかる?」
「言いたいことはわかるさ。わかるけどそれは君の本当の願いではないね」
「なんで言いきれんの。本当の願いだよ」
「君の顔を見ればわかるんだよ」
 少年は猫のような大きな瞳に睨まれてしまった。
「とりあえず何事もなく元気に生活していれば一番いいだろうって考えたんだろ?」
「だってそれがベストじゃん……」
「駄目だ。心から望んでない。自分は明日も生きているのか不安で不安で仕方がないから心配事を全て消し去ってほしい。これは叶えてあげられる」
「……九九九人はすぐに心からの願い事決められた?」
「それぞれ違うけれど君が一番時間をかけているよ」
「ヨウコは?」
「何が」
「ヨウコも願い事がなんでも一つ叶うならどう、す……」
 ここで少年は思い出した。以前、ヨウコに言われた言葉。『……あんまり、オレのこと質問しないでくれ』
「あ、ごめ───」
「そんなの君がさっさと願い事を決めてくれるよう願うに決まってるだろ」
「……そっか! そうだよな! じゃあ、じゃあさ、帰ったら何したい? 参考までに教えてよ」
「したいことなんてないよ」
「本当に? こっちじゃ食べられないいつものご飯食べたいーとか自分のベッドで目覚ましセットしないで寝られるだけ寝たいーとかないの?」
「誰かさんじゃないんだから」
 そう言って笑ったヨウコは体を浮かせ同じ高さで少年の目を見た。
「君に大きな影響を与える何かが起きて君に大きな変化が訪れたらいいのにな」
「大きな影響、変化……」
 少年は考えない。感じた。目の前にいる小さな存在を強く認識した。