無理にきかないで #12
食事も風呂も宿題も必要なことはすべて終えた二十時半。
少年は自室の机に頬杖をついてぼうっとしていた。すると何か思い立ったのか部屋を出ていった。その様子を見ていたヨウコはトイレにでも行ったのだろうと気に留めないでいた。
しかしトイレにしては長い時間が過ぎた。外へ出かけた様子もない。コンビニでも行くならきっと自分に一言声をかけるはず。そう考えたヨウコは部屋を出て電気のついていないトイレをノックする。返事はない。狭いマンションの一室。人探しなんて大層なことではない。
リビングへ続く短い廊下の扉を開く。
「いた。少年、何をしている」
ヨウコがキッチンを覗くと顔の赤い少年が振り返った。今にも閉じてしまいそうな目をしている。
「君、酔ってるのか⁉」
「ヨウコにも注いであげるよ」
「飲まないよ」
ウイスキーの瓶とミネラルウォーターのペットボトルが開いている。ご機嫌な少年はコップ一杯分を飲み干していた。
「今日俺の誕生日だからお酒飲んでもいんだよ」
「二十歳になったのか⁉ 違うだろ? 瓶を置け! 親が帰ってきたら叱られるぞ」
「いつも誕生日には少し飲ませてくれるもん」
「いいから! それ置いて早く寝るぞ」
「はぁい」
少年の腕を掴んで部屋へ連れて行く。ふらふらと頭を揺らしながらも足取りはしっかりしていた。
ヨウコはいつものようにベッドの大きさを変えることはせず少年を寝かしつけた。
「大量の菓子を持って帰ってきたと思ったら……」
「友達とクラスの女子がくれた! 新品の消しゴムくれた子もいた。でっかいの。おめでとーって。ヨウコも、おめでとうは?」
「はいはい。おめでたいよ」
「ほんとうに?」
「本当だとも」
「じゃあ何かちょうだい」
「おお! 欲が出てきたな。酒の力だ。なんでも言ってみろ。このヨウコ様が叶えてやろうな」
少年は沈思黙考する。欲しいもの。ヨウコからもらえるもの。しかし舌と頭は回らなかった。
「ねむぃ……」
「ほいほい、寝ちまいな。ゆおっぽ」
子供を寝かしつけるように少年の腹部をぽんぽん叩いた。両親が帰ってくる前にウイスキーとコップを片付けなくては。ヨウコはキッチンへ戻ろうとした。
「ヨウコ~」
「はい~?」
眠いなら寝てしまえば楽なのに少年はむにゃむにゃと口を動かしヨウコを引き留める。
「ヨウコぉ」
「いるよ。なんだい?」
「やりたいと思ったこと、やろうと思った」
「それで酒を飲んだってのか? 君には早かったな」
「ヨウコの誕生日は、いつ?」
ないものを尋ねられヨウコの胸はざわつく。
「ヨウコのこと、知りたいなぁ」
そう言うと力尽きた少年はすぅと寝息を立てた。ヨウコは寝た子を起こさぬように静かにそそくさと部屋を出た。
翌朝、スッキリ目覚めた少年は両親に大いに叱られた。瓶もコップもそのままだったので証拠は揃っていた。厳重注意で済ませたが非常に珍しい息子の非行に両親は心底驚いていた。
主役が早々と寝てしまったため一晩冷蔵庫で待っていたケーキは少年の朝ご飯になった。ケーキを食べながら少年はリビングとキッチンを見渡す。
結局、その日の朝はヨウコの姿を見ることなく学校へ向かった。