無理にきかないで #13
十七歳になって二日経った。
勉強をしていたが少年は集中できずにいた。振り向くとベッドでヨウコが国語辞典を読んでいる。
「ねぇ。ヨウコ、ちょっと」少年はベッドに腰を下ろす。「俺が誕生日にヨウコに言ったこと覚えてる?」
「ああ……」
ヨウコは辞書を閉じ、一瞬だけ少年の顔を見たがばつが悪そうに目を伏せた。
「覚えていたのか。てっきり忘れたものかと」
「眠たかったけど記憶はあるよ」
「そういう人間もいるんだな。なんだっけ? オレの誕生日だかなんだか言っていたよな」
「うん。あのさ───」
「君はオレを詮索してどうしたいんだ?」
詮索という言葉に少年は傷つき失敗を思い知った。それでも決めたことを実行する。
「俺はヨウコと仲良くなりたいんだ」
ヨウコは目を見開いて驚き、受け取ったものを突き返すように言った。
「オレのこと知って仲良くなれるとは思わないけどなあ」
それから先、ヨウコはもう少年の顔を一切見なかった。
更に数日後。秋も深まり窓から吹いてくる風は寒く感じる。
放課後、少年は学校の廊下で友人と駄弁って過ごしていた。
「模試の結果どうでしたぁ?」
「英語が相変わらずボロボロだった」
「あらら~そういや、この間借りた漫画なんだけどさ」
寄り道したい気分だったのでちょうどいい。漫画やテレビ番組の話題は心地がよかった。この友人とは高校に入って知り合ったのだが旧知の仲のようだ。
「最近元気ある?」
「ん?」
友人は少年の顔を覗き込んできた。
「彼女でもできた? そしてその子と上手くいってないとみた」
「彼女⁉ なんで⁉」
「いやー……最近やけに楽しそうだったし。ぼ〜っとしてる時もあるからもしかしてって推理。どう?」
自分がそんな風に見られていたとは露ほども思わなかった少年は照れてしまった。そして気分は少し沈む。
「彼女できたんなら教えて~」
「彼女じゃないよ……でも仲良くなりたくてちょっと失敗した。グイグイ行き過ぎたっぽい」
「お前が〜⁉ そもそも誰なの、その子は。このクラス?」
「ここの生徒じゃない」
「他校⁉ バイトも塾も行ってないのにどうやって知り合った? あ、中学の時の?」
「んー……」
「どんな子?」
どんな子だろうか。ヨウコは。
「小さい。髪がきれい。何考えてるのかわからない。自分勝手だと思う。それはまぁ、俺もか。頭はいいのかもしれないけど世間知らずで……あー……つっけんどん……?」
「なるほどなぁ。恥ずかしがり屋さんなだけだったりしない?」
「そうは見えないけどなぁ」
ヨウコは怒っている。どうしてもそう感じてしまう。やめてほしいと言われていたことをしてしまったのだ。少年は謝りたい気持ちと謝ったらもうヨウコとは何もできなくなる予感がして仕方なかった。
その日の晩、少年は仕事が休みだった母に成績表を見せた。母は短く唸る。
「今からAやB判定のところ狙わなくてもいいんじゃないの?」
「そうなの?」
「お母さんもよくわからないけど受験までまだ一年くらいあるわけでしょ。もっと伸ばせるんじゃない? 先生に相談してみ」
「うん」
「……英語だけでも塾行かない?」
「いい! 自分で頑張る!」
少年は力強く断った。
「友達でも行ってる子いるでしょ?」
「いるけど……」
塾に行くわけにはいかない。塾通いは今の少年にとって金も時間ももったいなかった。できるだけ自力で勉強すると母を説得し自室へ戻る。
電気を消してベッドに寝転がり、ついこの間のことを思い浮かべながら一人で眠りに就いた。
「オレのこと知って仲良くなれるとは思わないけどなあ」
「なんで?」
「君は泣いて恨んでオレの顔を見たくなくなるさ」
「どういうこと? はっきり言えよ」
この後のやり取りを少年は既にはっきり覚えていない。二人は向きになり会話は疾行していった。お互い譲る気はなかった。
しかし途中で少年は張った意地を緩めたくなった。したくないことはしなくていい。なのでヨウコに委ねた。だが、どういうわけか少年の転向はヨウコの気に沿わなかったようであった。
「……もうどうでもいい。馬鹿とは仲良くなんかしない。意味がない」
「何を怒ってんの?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん」
「悲しんでいる」
「はあ」
「これから死ぬ人間と親しくしてどうするんだ。無駄だ」
「何?」
「君はオレのせいで死ぬ。もう一年もないよ。かわいそうに」
「なに……なんの話……」
「心から長生きを願ってごらん。奇跡が起きるかもしれないよ」