無理にきかないで #15
不安定だった少女の命にとどめを刺したのはヨウコであった。
ヨウコの姿が少女に見えていたこと、会話もできたこと、親しい仲になっていたこと。報告も連絡も相談も怠ったことで一人の少女が死ぬはずだった日より早く死んでしまった。
たったそれだけのことで千人の人間の命日が大幅に狂った。もう元には戻らない。どうにもしてやれない。
「この千人を変更後の命日に気持ちよく死なせてやりなさい。二度と同じようなことを起こしてはいけないよ」
裏で手を回してくれた上役はひっそりと告げた。予定より早く死ぬ彼らの心残りを少しでも軽くしてやる。それがヨウコの新しい仕事になった。
同時に体の大きさを変えらた。本来の力は制御される。罰なのだろうが子供の姿は思いのほかヨウコにとって楽であった。
一人目に会いに行くとすでに大きな事故に巻き込まれていた。
「やぁ、君。ご機嫌いかがかな」
ヨウコは人間の顔を覗き込む。頭からの出血が酷い。意識は朦朧としていたけれどヨウコの声に反応した。
「だれ……」
「オレが君の願いをなんでも叶えてあげよう」
「……っ全身が、痛い……なんとか、て……」
「大丈夫。目をつむって」
人間は言われた通りにした。瞼を動かすともう口は開かなかった。
「そう、よくできたね」
ヨウコは血まみれの頬を撫でた。わずか二分で一人目との出会いと別れを終えた。
五十六人目は子供だった。
飼い犬が入院していた。術後も回復し退院の目途は立っていたが子供はヨウコに泣きついた。
「たすけて!」
「君の願いは何かな?」
「マドがしんじゃう! たすけて!」
愛犬のいない数日間、不安はどんどん大きくなり子供は震えていた。元気になるための手術だと親が説明しても子供は幼く理解できずにいた。
ヨウコは自分よりも小さい体をさすってやった。
「大丈夫。マドは元気になって戻るよ」
「ほんとう?」
「おまじないをかけたからもう心配ない」
そう言い残して子供の元を去る。
一週間後に愛犬は退院して子供は大いに喜んだ。目いっぱい一緒に遊んだ。さらに一週間後、階段から落ちて子供は死んだ。
二百二十九人目は二十代の男だ。
「来月結婚する兄の結婚式を滅茶苦茶にしてやりたい」
「ほう。どうやって?」
「どうって……方法はどうでもいい。お前が考えろ」
「具体的に考えはないのか? 君が暴れてぶち壊してやればいいじゃないか」
「常識的に考えろよ! そんな勇気あるわけないだろ!」
「勇気をあげよう」
男の肩に小さくやわらかい手を置いた。ぽんぽん、と指先で優しく弾く。男はヨウコの行動に何かを見出したようだ。
「俺にできるかな……」
「大丈夫。できるよ」
結婚式当日、男は浴びるように酒を飲んだ。花嫁が両親への手紙を読んでいる最中、テーブルの中央に置いてある花瓶から抜き取った花束を振り回し駆け出した。悲鳴が上がり会場内は騒然となる。
男は花婿である兄の前で立ち止まると顔を力いっぱい花束で何度も叩いた。角度を変えて憎しみの数だけ振り下ろす。その都度、花びらは舞い落ちていく。
警備員と来賓に取り押さえられた男は高笑いを最後に動かなくなった。心臓発作を起こして死んでいた。
六百十二人目は十代の少年。
ヨウコを見てもさして驚きもしない肝が据わった中学生だった。
「心からの願い事か。特にない」
「そう言わず考えてごらん」
「すぐに思いつかない。それに何か裏があるんじゃない? なんでも叶えてくれるなんて上手い話があるはずない」
「裏なんてないよ。時間はまだあるから」
「じゃあ考える。思いついたら言うよ」
ヨウコは少年の家に滞在することとなった。気が散るからと言われ姿を消しっぱなしで過ごす。それは二ヶ月続き、ヨウコは疲弊した。
「魔法使いさんさぁ、まだいる?」
時が来た。お呼びがかかり久々に少年の前に姿を現す。
「やぁ、ご無沙汰」
「久しぶり。僕さ、もう誰にも会えなくてもいいし、ここにもいられなくていいからさ、魔法使いさんみたいになれないかな?」
「オレみたいに?」
「魔法使いさんって男だったの? まぁいいや。僕も魔法使いにしてよ。なったら魔法使いの世界に行ける?」
「行けるよ」
ヨウコは少年の鼻を摘んだ。それらしくするだけで意味があるように思えるものである。
「今の何⁉」
「おまじないだよ。今から一時間経てば君も魔法使いの仲間入りだ。それじゃあね」
「魔法使いさんが連れてってくれんじゃないの? 僕一人で行くの?」
「大丈夫、別の奴が迎えに来るさ。さようなら」
礼儀正しくヨウコは玄関から出た。
一時間後、彼の家の道路に面している玄関に乗用車がノーブレーキで突っ込んだ。律儀に玄関で迎えを待っていた少年は死ぬこととなった。
そんなこんなで人間への好奇心と罪悪感がどんどん膨らんだヨウコは千人目と出会った。