無理にきかないで #19

「本当に願い事はそれでいいんだね」
 ヨウコは弱々しく少年へ確認を取る。
「いいよ」少年は屈んで目線をヨウコに合わせた。「目見ればわかるんでしょ」
 再び涙ぐんだヨウコは目を擦って今後のことを話した。
「願い事が決まったらオレは君から離れなくてはいけない」
「離れるって?」
「今から君の目の届く範囲から消えるよ」
「今⁉ もう⁉ 死ぬまでいてくれんじゃないの⁉」
「せっかく決まった願い事をやはり変えてくれって言わせないようにね。今までもそうしてきた」
 立ち上がって拗ねたように少年は物を言った。
「変わんないよ。なんか拍子抜けだなぁ。ヨウコいなくなるのか」
「オレが勝手に君の寿命を伸ばしたり更に短くするのを防ぐためでもあるのさ。君の時間は君だけの物のはずなのにね」
 少年が慰めても哀れんでもヨウコは最後まで屈託を抱えていた。
「……そういやヨウコに肉じゃが作ってあげられなかったな。ヨウコの世界で作れるかな?」
「どうだろう。無理かもな」
「じゃがいもほくほくで美味いんだよなぁ」
「……」
「食べたかった?」
「……味の想像はつく」
「俺も大人になった自分を想像する! これでおあいこ! な⁉」
 少年の提示した後悔を聞いてヨウコは呆れたような安心したような溜め息をついた。
「君の命日にはオレが迎えに行く。その時になって死にたくない、死神なんてなりたくないと言っても聞いてやれない。無理矢理にでも連れて行くことになる」
「わかったよ。ヨウコこそ約束破るなよ。ちゃんと俺を死なせるんだぞ」
 ヨウコは返事をせず宙に浮かんで少年と同じ高さになった。そして少年の口に極めて近いところへキスをした。
「わーーー! 何⁉ 急に!」
「君が約束って言ったから」
「指切りみたいなこと⁉ 死神は全員これすんの⁉」
「……そんな怒られるとは思わなかった。悪かった」
「別に怒ってるんじゃないんだけど……!」
 少年は面映ゆくなった。照れ隠しにヨウコの頭を撫でる。
「やめろ!」
「ヨウコもう行っちゃうの?」
「行くとも」
 最後に少年の死ぬ日時を確認した。痛みはない。ただ、少しだけ息苦しい思いをするとヨウコは告げた。
「やっぱり、ちょっとは怖いけどヨウコのこと待ってる。たった数ヶ月だもんな。大丈夫だ」
「さびしい思いをするだろうね」
「それって誰が? ヨウコ? 俺?」
 ヨウコは答えなかった。悲しそうな顔をすると少年を見てそっと微笑んだ。

 ヨウコと別れて少年は進まない進路を決めた。死ぬ身で大学受験に時間も金も費やしたくなかった。
 考えた末、学力を心配する必要のない調理師専門学校への進学を希望することにした。
 しかし息子には四年制大学を出てほしい母を一朝一夕に説得することはできず、何度も話し合うこととなってしまった。
「大学行きながら調理師の勉強できないの?」
「それだと二年以上飲食店で働かないといけないみたいなんだよ。学校行きながら週四で六時間以上働くなんて無理でしょ」
「じゃあ栄養士は?」
「栄養士って献立の人? 料理できるのかな」
 調理師にしろ栄養士にしろなれるはずがない。少年はすぐに馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「それにしても調理師かぁ。予想外だ。そんなに料理好きになってたとはお母ちゃん知らなかったな」
 そう言った母は少し嬉しそうにしていた。