157日目(あるいは158日目)
数字に意味を持たせる意味は何か。ない。必要もない。
四は死と同じ読みだから避けるべきとか野球以外のラッキーセブンとかどうしてそんなに繊細に生きられるのか。迷信に囚われていいのか。数字にいいも悪いもないだろう。
「8は雪だるまみたいで好きだな」
そう言っていた友人がいた。なるほど、形か。そういう見方もあるのかと目から鱗だった。しかし、私の言いたいことはそうではない。
「六月六日生まれなの⁉」
「不吉だ~」
「六時に生まれた?」
今日の授業が全て終わった。残りは終礼のみ。担任の教師が来るのを席の近いクラスメイトたちと雑談しながら待っていた。
話の流れでそれぞれの誕生日を発表した。出会って二カ月の知り合いたちだ。まだ互いをよく知らない。ちょっとずつ仲良くなっていけばいい。だけど遠慮を知らない人たちに私はしらけてすっと輪からフェードアウトした。
高校生になってまで言われるのか。六月六日生まれに会うのは初めてか? 珍しいか? 今まで私が何度同じことを言われたか想像もしないのだろう。不快だ。つまらないんだよ。
好きな数字なんて私はないけど、六という数字に愛着がないわけではない。六が並んでいると自分の誕生日を思う。そう、誕生日だ。人の誕生日を不吉だ悪魔だ失礼にもほどがある。六月六日は私の誕生日。私の日だ。
「六月六日生まれって本当?」
私の右斜め前の席の人が声をかけてきた。一度も話したことはないのでちょっと身構えた。顔を上げると長いまつ毛の真顔が私を見ていた。さっきの話を聞いていたのだろう。もういいよ。
「……うん」
「ムムが我が家に来た日と同じじゃないか!」
「ムム……?」
真面目な顔つきが輝いた。
「ムムは誰より賢く愛らしい子。小学一年生の頃に出会ったんだ。当初は人間が恐ろしかったようだけどすぐに仲良くなれたよ。心が通じ合えたんだ。もうこれ以上の愛は持てないと思う。永遠の親友なんだ!」
「ほう……」
マシンガントークと呼ぶにはゆとりがある話し方だった。止めようと思えば止められた。犬か猫の話なのだろう。
「放課後、時間あるかい? 良かったらムムの写真を見せてあげる。とってもかわいいよ」
携帯電話の持ち込みは許されてるけど放課後になるまで使うことは禁止されている。見つかったら没収されてしまう。
ペット自慢か。私はムムとやらに興味はなかった。このクラスメイトも変な奴だと思った。だけど放課後に用事はなかった。いつもと変わらない。今日は特別な日じゃない。家族とケーキを食べるだけ。
「じゃあ、見せてもらおうかな……」
「うん!」
長く語らせないうちに写真を数枚だけ見てから帰ろうと決めた。
「あぁ! ムムの話をしたらムムに会いたくなった!」
なら私に愛しのムムちゃんの写真を見せたりせずすぐ帰ればいいのに。そう思ったけど言わなかった。
「ムムの素晴らしさを一人でも多くの人に伝えられるのは喜びなんだ」
愉快な人だ。
ほどなくしてガラッと扉が開いて先生が教室に入ってきた。
「遅れてごめんなさ~い」
「先生遅ーい!」
「何してたの~?」
クラスメイトたちは早く帰らせろと文句を垂れた。申し訳なさを見せない先生もそれに対してごちゃごちゃ言ってる間、前を向いていたはずのムムの飼い主が勢いよくこちらを振り返った。
「そうだ! 忘れてたね! 大事なのに」
「っへ⁉」
私は息を呑んで体がビクッと動いた。恥ずかしい。
「嬉しいね。お誕生日、おめでとう」
ムムの話をし始めた時と同じような表情をしてそう言った。目を細めて微笑んでいる。初めて話した人の誕生日をそんな嬉しそうに祝えるものか。
「…………ありがとう」
ザワザワしてる教室でこの言葉が届いたのは私の耳だけだろう。その顔と声でどうにかなった。
恋だ。自分でもわけわからん。高校生になってこんなのって。友人にしろ恋人にしろ、親しくなるならもっと少しずつどんな人間なのかを知って丁寧に好きになりたい。手筈を整えたら他にも道筋があるはずじゃないか。こんな単純ではなくて。だって、わかってることなんてほとんどない。同じ組でおしゃべりでムムが好き。なんじゃそりゃ。
いや、こんなもんなのかもしれない。数字に意味がないように、恋に落ちたきっかけはどうでもいい。結果が重要だ。新発見だ。ムムの写真も楽しく見れるかも。脳の錯覚かを確認せねば。愉快な誕生日になったものである。